その敗北は認められない
剣聖バルスミラスィル・セリティス。
改めて向き合えばその実、バルクス先生よりも小柄なことに気付く。
圧倒的な存在感に気圧されて、ずっと彼が大きく見えていたのだろう。
それは剣聖としての自負からくるものか、はたまた公爵家当主としての威厳からか。
格の違いが圧力となって伝わる。
視線を向けられるだけで背筋に怖気が走る。対峙しているだけで神経が削られる。
……これと今から戦うのか。
やだなぁ。
なんでこう、私は好戦的な人に好かれるんだろうか。
戦いたい人は戦いたい人同士で戦ってればいいのに。一般人まで巻き込むのはホント勘弁して欲しい。
それにバル爺ちゃん、ミュラーの前だからって本気出してないかな。
まだ私構えてもいないのに、バルクス先生の大技跳ね返した時のミュラー並の圧を感じるんだけど。私、アナタの可愛い孫娘のお友達なんですけど。叩き潰されそうで怖いんですけど。
「改めて勝利条件を確認するとしよう。儂の身体の何処かに一撃当てることが出来ればソフィア嬢の勝ち。一撃も当てることが出来ずにソフィア嬢が疲れて動けなくなったら儂の勝ちだ。勿論手加減はするぞ」
うっわ最悪。敗北の条件最悪すぎ。
毎日の運動を欠かさない私は、普通の女の子よりは体力があると思う。
柔らかそうに見えるぷにぷにすべすべのお腹だって、フンッ! と力を入れれば腹筋が浮き出る。腕なら力こぶだって出る。足だって固くなるよ。
マッチョウーメンになる気はさらさらないから美少女らしく見える範囲内で鍛えてはいるけど、それが例えばミュラーと比べて体力があるかどうか、とか知らないし、知ってもあんまり意味が無い。
だっていつも身体強化してるもの。
強くしたり弱くしたりはするけど、私の身体強化は基本的に年中無休の常時発動。
運動する時は弱めにして、寝る時は強めにしてる。
で、身体強化ってホント便利なもんでね。
少しの力で重いものを持ち上げたりはもちろん、心肺機能だって強化されてるんだよね。
つまり疲れ知らず。
どこかに限界はあるんだろうけど、とりあえず近くの湖の周りを五時間ぶっ続けで走り続けても余裕あったから普段使いで困ることはなさそうと結論した。
だからと言って、疲れないわけじゃない。
負けるだけならぶっちゃけ、身体強化切って動き続ければいいだけだ。
問題は、別にある。
この試合をお兄様も見てるってことだ。
お父様も見てるし、実はポールさんも庭師の仕事の合間に興味深そうに覗いてるってことだ。
さっきバル爺ちゃんは言いました。
「ソフィア嬢が疲れて動けなくなったら」と。
……それ汗だく状態ってことでしょ?
これだから女心の分からない男衆は困るんだ。男性の前でそんな姿、見せられる訳ないじゃんね。
一応動きやすい格好に着替えはしたけど、動けなくなるほど運動したらさすがに多少は透けるし、そもそも匂いとかね、見苦しさとかね、色々問題あるでしょって。
ソフィアちゃん、こんなお爺ちゃんの元にいるミュラーの乙女力が心配になってきたよ。
「準備は良いか!」
「あの、敗北条件変えて頂けませんか?」
さすがに許容できないよね。お兄様の前で汗だく姿晒すなんて。
そう思っての発言だったのに、戦いにしか目がいってないバル爺ちゃんはまたとんでもない勘違いするんだから。
「む、気に入らんか。その心意気や良し! では敗北条件を変更して、儂の攻撃を百回その身に受けたら敗北としよう!」
これでバル爺ちゃんに百回以上攻撃されることが確定したわけだ。
なんでこう、みんな自分の都合のいい様に解釈するんだろうね。
もっと相手の立場になって考えた方がいいと思うの。お兄様を見習ってみんな紳士になるべき。
「準備はいいか!?」
「はい……」
「戦う前からどうした!? やる気が足りてないぞもう一回! 準備はいいか!!」
「はいっ!」
この体育会系のノリよ。私の心は萎々ですよ。
「うむ! ミュラー、合図は任せたぞ」
「はい、お爺様」
ほんっと、楽しそーにしちゃってまあ。
しかし本当にどうしたものか。
勝つのは論外。負けが妥当としても負け方ってものがある。それを踏まえて――
「勝て!」
「往くぞッ!!」
相変わらずのミュラーの変な合図に速攻ね、はいはい。ミュラーのお爺ちゃんだもんね。読めてましたとも。
仕方ない、いつも通り流れで……てか本当に速いな。
無事に負けられるか心配になってきた。
乙女は常に乙女であらねば。
ちな運動時はポニテバージョンなソフィアです。うなじ見てもいいのよ。