断れない!
「戦いたくないです」
「そういうわけにもいきません」
断り方にも作法がある。
が、今回は例外。
私にとっては迷惑な話でも、一般的には光栄極まる申し出であるらしい。
それがどういう意味を持つか。
断れないってことだよ。
――申し出を受けますか? ▽
はい
いいえ ←
――指導を受けたい人はいくらでもいるのに正気かい!? それを断るなんてとんでもない! ▽
――申し出を受けますか? ▽
私の心情はまさにこんな感じ。強制イベントってやーね。
とりあえず十回くらい断って隠しイベントがないか確かめたい衝動に襲われるけど、お母様が怖いので受け入れるしかない。
謝罪の内容、この申し出のキャンセルにできればいいのに。
ミュラーの助力とか何のお詫びにもなってないよね。
ミュラーとはお友達なんだから、約束なんてなくたって困った時には助け合うのが当たり前だ。
少なくとも私はそう思う。そう思っていた。いやまだ思ってるけど。
でもほら、私今ちょー困ってるじゃん。
その原因作ったの、どう考えてもミュラーでしょ? 助けてくれる気ないよね? お友達がこんなに困っているとゆーのに。
謝罪は殴られた当日に受け取っている。
でもそれって、「今回は許すけど気をつけてね」ってことなんだよ?
「いいことしたでしょ? 褒めてもいいのよ!」みたいな顔してるけどね。
これって要は、同じ師匠に師事した同門の一人としてまた私と戦いたいってだけでしょ。また私をボコりたいんでしょそうなんでしょ!?
こちとら善良で薄幸なただの美少女なんですよ!
剣は趣味!
ガチ殴り合いの熱血で暑苦しくて痛そうな世界には行きたくないの!
それをこんな、罠にハメるようなやり方で強要しようなんて!
ミュラーさん、見損ないました。
ミュラーなんか剣姫じゃない。剣鬼だ。鬼だ阿修羅だバーサーカーだ。
もっとお淑やかにしないと、ウォルフにだって見限られちゃうんだからねッ!
なんてグチグチしてる間に、着々と進められる準備。
私の分も木剣持参とかもうね。
完全に今日の目的こっちだったよね。むしろ謝罪とかついで、いや口実?
「これだけの広さがあれば存分に暴れられそうだ」
バル爺ちゃんの発言がひどい。
暴れないでよ。ここは私の新魔法試し打ちスポットなんだよ。庭師のポールさんに頼んで使いやすさと居心地の良さを追求した癒しの快適空間なんだよ。
「ソフィア、頑張ってね!」
お気楽なミュラーの声援が癇に障る。
いやいけない。短気は損気。私はかわいいソフィアちゃん。
「むー、もうミュラーったら!」
イラッとする感情を可愛らしいオブラートに包んでみた。予想以上にキモ……いや大丈夫キモくない。ぶりっ子でもキモくない。だって私は美少女。美少女は何したって許される筈だから。
ミュラーが変なモノを見たって顔してても大丈夫。お兄様の前でかわいく振る舞うことは何よりも優先される。てかミュラーはそろそろ私が嫌がってるの理解してそして反省して?
「ソフィア。何だか複雑な理由があるみたいだけど……、僕も羨ましいくらい光栄な話なのは確かだから。善意だと思うし、あんまり睨んだらダメだよ」
「はい、お兄様」
お兄様は心が広いなぁ。私の心はこんなに狭いのに。
兄妹でこれだけ違うって、実は血が繋がってない説あるんじゃないかな。そうしたら結婚もできるのに。でもその説は長年我が家に務める人達からの聞き取りで否定されてるんだよねえ。
嬉しいような、悲しいような。
「あと怪我の無いようにね」
「はい!」
やっぱ嬉しいわ。お兄様やっさしー。
「そうだぞソフィア。お前が剣を使えるなんて知らなかったが、怪我だけは気をつけるんだぞ。剣聖殿が相手だから大丈夫とは思うが、気をつけるんだぞ」
「はい、分かりました」
クスリと、実にお嬢様らしい楚々とした笑みが自然と零れた。
お父様慌てすぎでウケる。
「ソフィア」
ラストはお母様。
お母様ってどうにもラスボス感あるよね。味方のはずなのに不思議だよね。しょっちゅう怒られてるせいかな。
「試験を受けた後のことにまで口出しはさせません。好きになさい」
「はい」
どこが口出しするのかは知らないけど、勝敗を選ばせてもらえるのは伝わった。
お小言は怖いけど、私がどうしたいのか理解して、全幅の信頼にいつだって応えてくれるお母様。
全てを晒した上で安心して任せられるのはお母様だけだ。
母の偉大な愛、頼りがいあって好き。
「いってきます」
みんなの声援を受け、対峙すべき相手を見据えた。
剣聖バルスミラスィル・セリティスは好戦的な顔を隠しもせず、ただ悠然と待ち構えていた。
無限ループと思わせて、無入力が正解のゲームもあったよね。
でもとりあえず断り続けたくなるよね。