やっぱ無理じゃない?
ヘレナさんってお菓子にこだわる人なのかな。
豪勢な、という言葉通り。
目の前に並べられたお菓子は見るからに高そうで、しかも今までに食べたことの無いものが多い。そして当然美味しい。
特にこれ。
ちっちゃいタルト風の、なんだっけこれ。キッシュ?
王道のケーキやら、キラキラ甘いゼリーみたいので口の中が甘味しか分からなくなってきたところで、紅茶飲んでこれ。
アーモンドみたいのや生地のサクサク食感も楽しいけど、何より程良い塩分が口の中をさっぱり綺麗にしてくれるんだよね。してくれちゃうんだよね。
そしたらもう、また美味しく甘いものが食べられちゃうじゃない?
一人で食べてるから減りがよく分かるのなんの。
そろそろ止めないととは思うんだけど、つい手が伸びてしまう。あれだけあったお菓子がもう残り半分しかない。恐るべきハイペース。
魔性の組み合わせだわこれ。
誰かこの手を止めてぇと口いっぱいに幸せを頬張っていたら、お菓子を食べる前からずっと発動中にしてたアイテムボックスを今まで隅から隅まで調べまくっていたヘレナさんの、それはもう大きな溜息が聞こえた。
そして一言。
「……これ無理じゃない?」
でしょ? やっぱりそう思うよね。
ほらぁ、だから言ったじゃんほらー!
「でしょう? 対応する魔方陣とか無いですよね?」
「いや、それ以前に……」
手元の紙に視線を落として途方に暮れた顔をしているヘレナさん。
さっきアイテムボックス調べながら書いてたやつかな?
ひょいと覗き込めば、そこには様々な考察と、その考察が誤りだったと示すバッテンが無数に散らばっていた。
「あれ、これもバッテンなんですか? 『内部は温かい空気で満たされている』」
アイテムボックス内は見た目こそ宇宙だけど、顔を突っ込んで息ができることは確認してる。
フェルたちが半日ほど入って生存してた実績もあるけど、あの子等は他の生物とか色々違うので参考にはしずらい。
ヘレナさんは私の疑問に「初めは私もそう思ったんだけどね」と前置きしてから、でも、と続けた。
「アイテムボックス内に水を直接入れると球体になるの。水は固体の形に沿う性質があるから、アイテムボックス内は液体であり固体でもある、という状態としか思えないのよ」
「水が丸くなるのは引力が無いせいでは?」
そもそも固体に沿う性質というのも初耳ですが。
水って、水よね? ただの液体でしょ?
それにアイテムボックス内は空気じゃないの? という話だったはずなのに、さらりと結論から気体が除外された理由とは。液体だったら水混ざるでしょ。
言葉は分かるのに意味分からない系。ここに第三者がいたら口出しせずに、確実に聞き手に回ってるくらいには認識の齟齬が酷い。
とはいえ研究者であるヘレナさんが言うならそうなのかなーと軽く考えていたら、さらに驚きの発言が飛び出した。
「引力? 引力ってなに?」
まさかのパワーワード。
引力ってなに。
……まさかとは思うけど、ここには引力の概念が……ない……?
「え、っと……。アイテムボックスの中って、無重力じゃないですか」
「何度もごめんなさい。無重力って重力の影響が無い状態ってことよね? アイテムボックスの中にある物体が浮かんでいるのは、あの空間が水のような液体で満たされているからではないの?」
こらあかんわ。
思わず関西弁になっちゃう。だって目標の遠さを改めて思い知って、軽く目眩がしちゃったから。
現状でこれじゃあアイテムボックスの魔道具化なんて、それこそ奇跡でも起きないと無理じゃん?
ホンマにもー、えらいこっちゃでー。こらあきまへんわー。あかんあかーん。
ヘレナさんと話して確信した。
この世界の科学知識、レベルひっくい。
今回お菓子を用意して下さったのはヘレナさんが自宅から連れて来ているメイドさん。
王都中のお菓子を網羅する彼女の前に、ソフィアが陥落するのも時間の問題だろう……。