お母様に弁明しよう
肩に手を置かれたまま、立たされ、歩かされ、連れられたのは奥にある一室だった。
お母様、肩、肩に爪が食いこんでいませんか。わざとですか。あっ、歩きますごめんなさい。
部屋に入るとやっと肩から手が離れたけどまだヒリヒリする。これ痕になってそう。軽く触れて癒しておく。
ゆっくり正面に回り込んだお母様はいつもと同じ鉄面被。その瞳からは何も窺えない。
今初めて顔を合わせたというのに、お母様は後ろ姿だけで私を完全に判別したみたいだ。
「さて、聞かせてもらいましょうか」
地獄の底から響く声ってこういう声かな?
背筋が震える。怖い、ちょー怖い。
静かに持ち上げられた指が、パチン!と音を鳴らすと部屋を魔力が覆ったのを感じた。恐らく防諜系の魔法でも使ったのだろう。
「家にいるはずの貴女が、何故、ここにいるのか」
大きな深呼吸。
ため息ではないはずだ、たぶん。
「洗いざらい話しなさい」
有無を言わせぬ迫力が叩きつけられる。
さて、どうしよう。
事ここに至っては最早言い逃れはできない。
でもいざ話すとなると何から話すべきか。
アップルパイを食べたいだけなのだけど、お母様が聞きたいのはそういうことじゃないだろう。
一人でいる訳。何故ここにいるのか。
……本当にアップルパイ食べに来ただけなんだけどなあ。
どう言えばいいのか悩んでいると、話す気がないと取られたのかズイと距離を詰められた。
「話しにくいですか? では、この肩の傷の話からしましょうか? もう治っているのでしょう?」
そのまま伸ばされた手が置かれたのは先程お母様に強く押さえられた肩だ。爪が食い込んでいたけど治しちゃったから痕はもうない。
お母様の顔を見る。
何かを確信している。それと、なんだろう。怯え? 固まった表情は何かを恐れても見える。
確かめなければならないけれど、確かめたくない。
その顔はそう言っているような気がした。
そうだ。お母様だって怖いんだ。
私が家族の愛が離れるのを心配するように、お母様も私が離れてしまうのではないかと心配している。
お互いが想いあっているのなら。
「分かりました、お話します」
お母様の手に手を重ね、私は事の始まり、そして魔法を使えることを話そうと決めた。
「そう……そうなのね」
話を終えると、お母様は目を瞑った。
飛翔魔法が使えること。透明化の魔法が使えること。それらを使ってアップルパイを買うためにここまで来たこと。誰にもバレずに家を抜け出してきたこと。森へは休憩の為に立ち寄ったこと。
話しているあいだ、お母様は静かに聞いていた。
いつもと同じで何を考えているのかは分からないけど、もう不安はない。
やがて目を開いたお母様は、私の顔を見つめ、深々と大きなため息を吐いた。なにその反応。
「ソフィア、貴女は食べ物の為だけに、それだけの事をしたというの?」
「お母様、食べ物というのは人を動かすに充分な理由たり得ます。食べ物の為だけに、という表現は適切ではありません」
私の返事に、もう一つ大きなため息が寄越された。
頭を抱えてるけど、食べ物って三大欲求の一つなんだよ。戦争だって起こる大事なことだよ?
思わず浮かべた不満顔にお母様が呆れた、と笑みを零した。つられて私も笑みを浮かべた。
それだけで空気が軽くなる。いや、ため息の時点で大分和らいでいた気もするけど。
やっぱり笑顔が一番だ。
あっはっはと心の中で笑う。声に出したらはしたないと叱られるだろうし。
いやー、心まで軽くなった! こんなことなら初めから相談しても良かったかもね!
お母様を見れば、もうニッコリといい笑顔だ。
「話は分かりました。ソフィアには後日、改めてお説教ね」
続いたお母様の言葉で、私の笑みは凍りついた。
い、いや、お説教くらい当たり前なんだけど、お母様の笑顔はなんだか怖いんだよう!
お父様、たすけて!
ソフィアに逃げられたお父様も後ほどお説教です