天然って怖い
「かわいい後輩が到着したところで実践に移りましょうか」
そう言ってヘレナ先生は色々な道具が用意されている場所にみんなを誘導した。
まあ道具と言っても目新しく興味を惹くものは何も無い。入学試験の時にも見た桶とかロウソクとかそういうのだ。
正直飽きたというか、またこれか、って感じ。定番なのかな。
「まずは新入生屈指の実力を持つお二人に、お手本を見せてもらいましょうか」
なんて油断してたら矛先がこっちに向いた。オウジーザス。
上級生に囲まれたこの状況でなんて無茶振りをするんだろう。お手本なら先生がやればいいのに。
これって期待を下回ったら「なんだこの程度か」って舐められて、上回ったら「年下のくせに生意気」なんてなるやつでは?
ってならないだろうけどね、お兄様のクラスメイトに悪い人がいるはずないし。
それでも根っからの小市民気質が私を臆病にさせるんだよぅ。心配性なんだよぅ。
まあそんな半分くらいしか本気に思ってない冗談はともかく。
――お兄様の前で魔法使うのなんて何年ぶりだろう。
お兄様の魔法の成績は優秀だって聞いた。
さすがは私のお兄様。ソフィアはとても誇らしいです。
でも、違う先生からとはいえ、私たちは規格外の評価を受けたんだよね。
上級生の優秀者と、下級生の規格外。
どっちが上か微妙じゃない?
そして私はお兄様の下にいたい。マウントは取られるよりも取られたいし、その流れで「ソフィアには僕が教えてあげるよ」なんて一緒にお勉強プレイも楽しめたなら最高だ。
そんな夢を叶えるためには、お兄様の前で本来の実力なんか出せるわけない。
真面目なお兄様には「妹に負ける」なんて業を負わせたくないからね。
ちょっぴり「凹んでるお兄様もかわいいかも」とか思ったけど、私が慰められないなら意味がない。いや見たいは見たいけど、リスクが大きすぎる。
ネムちゃんも乗り気じゃなさそうだし、なんとか先生を言いくるめて私たちは見学という方向に持っていくことにしよう。
そう考えていたんだけど、なかなか行動にうつさない私たちを見て勘違いしたのか、ヘレナ先生が言葉を重ねた。
「大丈夫、難しく考えることは無いわ。入学試験の時と同じ魔法をみんなの前で見せてくれるだけでいいの」
「いいのっ!?」
いやそれが嫌なんですってば。
言葉を選んでそう伝えようとしたら、何故か嬉しそうにしたネムちゃんに先を越された。
さっきまで乗り気じゃなかったのに何が彼女の琴線に触れたのか。
あーあ、でもネムちゃんが乗り気になっちゃった以上、もう断れないだろうな。
それならせめて楽しもう。
ネムちゃんの魔法にだって興味はあるし、ってそうだ! ネムちゃんの魔法にみんなが注目してる隙に、先生にこっそりと事情を話して私の魔法の披露は有耶無耶にしてもらおう。
優秀な生徒であるお兄様を思い遣るが故の提案だと理解してもらえれば納得してもらえるはず。よし、この作戦で行こう。
新たな作戦の為に最適なポジションを確保しようとしたところで、
「じゃあ着替えてくるね!」
「え?」
え?
元気よく言い放ったネムちゃん以外が放心している間に、みんなを混乱に陥れた張本人はスタコラサッサと部屋を出ていってしまった。
「……ええと、ソフィアさん?」
「え? いえ、普段は真面目な子なのですけど……」
なんだ、何が起こった。天然って怖い。
何? 「着替えてくる」? なにに……、ってまさか!?
あの子、魔王様モードになる気だ! 魔女っぽい帽子と翻すためのマント取りに行ったに違いない!!
ってことは先生と上級生に見守られたこの状態であの厨二病全開の魔王様を演るってこと!? メンタルすごいね!?
と、とりあえずフォローしとこう。
「おそらく、教室に忘れ物を取りに行ったのではないかと……直に戻ると思います」
「はあ……。では先にソフィアさんにお願いしましょうか」
え? あ、そうか。そうなるよね当然。
……ぶっつけ本番じゃないですか! 作戦とか全部パアじゃん、ちくせう!
天然に常識を求めてはいけない。
彼らは御することができないからこそ、人知の及ばぬ天が齎す大自然と同等だという畏敬を込めて「天然」という尊称で呼ばれるのだから――。




