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ウォルフ視点:いつかは隣に


 ……堪らないな。


 諦観にも似た感情が湧き上がるのを心の奥に押し込めた。


 いつまで経っても。どこまで来ても。この感情は付きまとう。


 お前は愚かな男だと。

 非凡な身で過ぎた夢を未だ見続けているのかと、這い出ようとする弱気は何度目だろうか。


 人を羨んでいる暇があるなら自分を高めるべきだ。

 その為に俺は、必死に努力してリチャード先生のいる特別クラスに入ったのだから。





「あー……ダメだ、分かんね」


「カイル。諦めるのは良くない。協力するから一緒に考えるぞ」


「あの、ウォルフ。私にも教えて欲しいんだけど……」


 前の方で先程リチャード先生に叱られていた三人の女の子たちと違って、俺達は頭が良くない。


 そう、俺達は頭が悪い。そう思い知らされた。


 今まで付き合いのあった他の同世代と比べれば、俺はまだ優秀な方だったはずなのに、だ。


 俺達、武門の家の出身者にとっての本分は武に関わること。


 勉学の比重が軽くなりがちなのは知っていたつもりだったが、予想以上だった。ただそれだけのことなのだろう。


(……気を引き締めないとな)


 家で優秀だと褒められて、知らず調子に乗っていた。特別クラスに選ばれたことも勘違いに拍車をかけた。


 俺はどこにでもいる平凡な男だと知っていたはずなのに。


 その事実の証とばかりに、頭にこびりついた数字が離れない。


(……37位か)


 それがこのクラスでの俺の位置。平均以下だ。


 カイルは41位、ミュラーは53位。

 カイルとは僅差だ。剣の腕の差を考えるともう少し……なんてのは高望みだな。

 

 クラス最下位のミュラーだって順位は離れていても点数の差はそれほど大きくはない。

 このクラスに集まった全員が優秀すぎるだけだ。


 慌てることが不利にしかならないと分かってはいても、焦る気持ちはどうしても出てきてしまう。

 ……残された時間も僅かだからな。


 今は目の前の問題に集中しよう。

 俺は凡人だから。小さな歩幅だろうと一歩ずつ確実に進むしかない。



 ――やっと終わりが見えてきた。


 難問にぶち当たるたびゆっくりと考えていたらかなり集中していたみたいだ。


 一息入れたタイミングで、隣にいるカイルの手が動いていないことに気付く。


 どうしたのかと顔を上げればカイルは答案から目を離し、前方、既に問題を解き終わったのか身を寄せあって何かを囁きあっている三人を見ていた。


 その中心にいるのはソフィアさん。

 カイルと仲が良く、王子が中心になると思われていた特別クラスで初日から圧倒的な存在感を示した女の子だ。


 ……カイルも、彼女に負けたくないんだろうな。


 二人がどういう関係か詳しくは知らないが、カイルの態度を見ていれば同じ男として分かることもある。

 まあ、それを口にする野暮はしないが。


「ウォルフも彼女が気になるの?」


 うんうん唸っていたはずのミュラーが不機嫌そうに睨んできた。


 素直に感情を表してくれるのを好ましく思う。


 だがその気持ちを悟られるわけにはいかない。

 (つと)めて平静を装い、もうひとつの本心を晒すことで心に秘めた想いを隠した。


「そうだね。彼女たちのような才媛が普段どんな勉強をしているのかは気になるかな」


「ああ、それなら私も気になるわね」


 幾分か和らいだ瞳でソフィアさんたちに視線を注ぐミュラーを眺めながら、改めて思う。


 俺は本当に彼女に相応しい男になれるんだろうか。

 もしかしたら、俺なんかよりも相応しい男が――。


 弱気が顔を出しかけた時、ミュラーが乾いた笑いをあげた。


「……驚いた。あの子達、解き終わったのにまだ勉強してるみたい。よく分からないけど、数字をいっぱい書いてる」


 ――はは。


 そうだ。なにを弱気になっていたんだ。


 凡人に立ち止まっている暇なんてない。

 凡人が天才に並ぶためには、天才以上の努力をするしかない。


 だからって天才の側が立ち止まって待っててなんてくれない。彼女たちだって努力を重ねている。


 だったら、それ以上の努力をするしかないじゃないか。


 初めから分かっていたことだ。

 今更諦められるなら、初めから目指しはしなかった。


 ――俺は彼女に相応しい男になるんだ。


 あの日の決意を思い返し、より強固な意志を抱く。


「俺達も負けてられないな」


 自分に言い聞かせるように呟き、休憩は終いだと気合を入れた。



 ――その表情は、彼の愛しい人と同じ顔をしていた。


さっさと終わらせて数独作って遊んでたソフィアたち。

先生に目をつけられてるから気を付けて。

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