カレン視点:豪腕の姫の事情
私の父は【豪腕】だ。
二つ名というものらしい。
王様から授与された、とても誇らしいものなのだと、父はよく自慢げに語っていた。
家族の象徴であり、誇りでもある【豪腕】の二つ名は、しかし私にとって、次第に呪いの意味合いを増していく。
私にその素養が見つかったのは、忘れもしない。五歳の誕生日の時。
その日、初めて剣を握った。
女の子なんだから、と母が握らせたがらなかったのを、父と私が押しきる形で実現した機会だった。
父が振るう剣はバスタードソードという身の丈ほどもある大きな剣で、他の人が使う剣とは全然違う。
それを振り回して相手の人を吹き飛ばすのは、迫力がすごくって、少し怖いけれど、父にしか扱えないその特別な剣を当たり前に振るう姿は、父もまた特別な存在なのだと教えてくれるようで、私は好きだった。
だからその日も、思いっきり剣を振れと言われ、幼かった私はその言葉を鵜呑みにした。
お互いに構えるのは練習用の木で作られた剣で、危なくない配慮がされていた。
何度振り返っても、どう考えても、私が。私があの時、全力なんて出さなければ。
どれだけ後悔しようと過去は変わらない。
受け止める為に差し出された剣をへし折った、あの日。折れた破片が父の顔を掠め、流れ出た血を初めて見たあの日から、私の運命は変わったんだ。
特別な力。
みんなとは違う、父と私だけの、【豪腕】の二つ名の元となった力。
力を入れるということが、みんなには普通にできる。
力を振るうということが、みんなには普通にできる。
でも、私にはできない。
力を入れるということが、怖がられることだと知ったから。
力を振るうということが、人を傷つけるのだと知ったから。
だから私は、この特別な、父が喜んでくれた、家族の象徴でもある【豪腕】の力を、使うことが出来ない。
父も、母も、理解は示してくれたけれど、残念な気持ちは伝わってきた。
だから、せめて、と。
私は他のことを頑張った。
必死に頑張って、あの怖い世界に戻らなくてもいいように、いっぱい勉強をした。
簡単ではなかったけれど、勉強ができれば、褒めてもらえる。だから、頑張れた。頑張り続けることが、できた。
でも父は、私の【豪腕】としての力が惜しいみたいで、時折、母の目を盗んでは、私に問いかけてきた。
本当に、その力を使うつもりはないのか。
神から与えられた力を、本当に――と。
その度に思い出すのは、血に塗れた父の、……恐ろしい、歓喜の顔。
あの時の恐怖は、幼い私には強烈すぎて、今でもたまに夢に見る。
それでも、神様が私にこの力を授けてくださったのは、なにか意味のあることかもしれない。
そう思うことも、事実で。
学院に通い始めるのを機に、また、剣に触れようと思ったのは、気まぐれと呼べるような、でも、確かな理由。
子供の頃から続く、この恐怖を、終わらせたい。
学んだことで知った。このトラウマと呼ばれる心的外傷を克服する方法は、原因から離れることではなく、乗り越えること。
だから、剣を学ぼうと思った。
今まで逃げ続けてきて、知ろうともしなかった、剣を。力の、正しい使い方を。
力を抑制する特別な拘束具を身につけて、普通の人に混じって、普通の人と同じように。
かつて【豪腕】の二つ名に抱いていた誇りを、取り戻す為に。
――とある噂がある。
かの【豪腕】の娘が、初めて持った剣で【豪腕】を叩き伏せたという、あまりにも突拍子の無い噂だ。
噂の出処は【豪腕】本人だと言う者もいたが、本人に直接確認する命知らずなどいようはずもなく、真実が不確かなままやがて誰も口にしなくなった、よくある類の話だ。
――今では語る者のいない、それどころか人々の記憶に上ることすらない、つまらない噂さ