ごおとぅーお買い物
「先輩。ウチいまめっちゃ感動してるっス。掃き溜めに鶴ってこういう感じなんスかね。免許持ってて良かったって思ったの生まれて初めてかもしんないっス」
「分かったからちゃんと前見て運転しなさい。その綺麗な鶴が無事に目的地に辿り着けるかはあなたの運転にかかってるのよ」
「ひゃ〜、責任重大ッスね! よっしゃ、いっちょやったりますよ〜!」
気合の声に続いて運転の真似事をし、かと思えば何故か「ぎゅぎゅぎゅーん! キキキキーッ! ドカンッ! ……ゆーデッド。あなたは死にましたっス」と不穏すぎる言葉を呟いたのは、昨日も会ったテルさんである。買い物の足としてお母さんが呼んでたらしい。
我が家には車なんて便利なものはなかったからね。お母さんは一応免許だけは取得している所謂ペーパードライバーで、ごくたま〜に運転することはあると自称しているけど私は未だにその姿を見たことがない。
しかし母の友人であるテルさんが運転するこの車には何回か乗せてもらった記憶があった。
以前に乗せてもらった時には、確か「お嬢ちゃん。車なんて欲しがるものじゃないっス。私用に使う車なんてね、事務所の車があれば充分なんスよ……!」なんて悔恨の籠った顔で言っていたけど、今思えばその「事務所」とやらが昨日のワッキーさんの所なんだろう。勿論本日の買い物にワッキーさんは不参加である。
二人でこそこそっと話していた時の会話を盗み聞きしたから知っているが、今日私達の買い物に付き合ってくれるテルさんは「ちょっと飲み物買ってくるっス」と言って昨日の後処理を抜け出してきたらしい。
「面倒事をこっちまで持ち込まないでよ」と釘を刺したお母さんに対し「大丈夫っスよ! だって今日はあの二人の買い物なんスよね!? カワイイ服をかわい〜く選んでる写真でも送ればあの変態ならイチコロっス! 間違いないっス!!」と悪びれもなく断言するその姿は、敬意の欠けらも感じられない様子だった。そして困ったことに、お母さんもその意見に賛同していた……。
――とまあ、そんな感じで我らが一行はテンション高く買い物へと乗り出したのである。
え? なんでテンションが高いかって?
それはね、普段は唯一テンション低めなメンバーであるところの唯ちゃんが、今日に限っては一番テンション高いからだよ! こっちまで楽しい気分になっちゃうってーの!
なんかねなんかね、唯ちゃんってほら、あの悪逆非道残酷無比のクソ外道のところで娘という名の便利物として扱われてきたわけじゃない? それであんまり外に出たことがなかった――と、そこまでは私も知ってたんだけど。
迎えに来た車に乗って買い物行くって知った時に「え? 外が見える車に乗るんですか? ……いいんですか?」って言われちゃってさ、びっくりだよね。
いいんですかってなんだ。外の見えない車ってなんだ。
むしろそれしか乗ったことない方が異常なんだよ!? ってその他全員が思ったよね。
後ろの座席に二人で座って、それからテルさんとお母さんが話してるのを聞き流しながら唯ちゃんを見るとさ。もう、ずーっと車窓からの眺めを楽しんでるわけ。瞳がキラキラと輝いていたりとかしちゃってるわけ。
もうね、凄いよ。テルさんから預かったスマホが似たような写真で埋め尽くされてく。構図も何も変わってないのに「撮らなきゃ!」の意思が止まんないのよ。
「唯ちゃん……でいいんスよね? 唯ちゃんは外の風景を眺めるのが好きなんスねぇ」
「…………」
「……ウチの声も届かないくらい夢中なんスか。先輩に預けるのが心配になるくらい純粋な子っスね」
「そうね。その通りだわ。でもだからこそ、下手な大人には預けられない。結局目の届く場所で見守っているのが一番なのよ」
「まー先輩のトコなら基本的には安心なんスけど……ぶっちゃけたところ、どうなんスか? あの子達、また狙われたりとかしないんスか?」
「その可能性は低いと思うわ」
途中からこそこそ話に移行してたけど、やっぱり魔法は便利だなー。人の内緒話がよく聞こえる。
ただやはりこの世界は雑音が酷いな。人の出す生活音とは異なる喧しい音がやたらと多い。中でもエンジン音とタイヤの音がやばすぎんね。
まああっちの世界でも馬車が走れば煩かったし、単純な騒音の量で言えば向こうの世界の方が煩かった気もするから……しばらく経てば慣れるかな?
聞き耳立て始めた最初の頃なんて「人の鼻息うるせーっ!」って毎度のように思ってたもんね。慣れるまでは調整に苦慮しそうだけど、まあこれも魔法を使う上で避けては通れない試練だからね。甘んじて受け入れ乗り越えましょう。
まあもっとも、人の内緒話を盗み聞きしなければそれで済む話ではあるんだけども。
こそこそ話されると気になっちゃうからね。こればっかりはしょうがないよねー。
そんなことを思っていたら、突如《聴覚強化》を施した耳に「チッカ、チッカ」という爆音が響いた。ああーはいはい、今度は車のウインカーね。やかましーなもう!
「私右折って苦手なのよね」
「それじゃ左折は出来るみたいに聞こえるっスよ。先輩のは『運転が苦手』って言うんスよ」
唯ちゃんの笑顔を眺めながらたわいもない雑談を聞き流している間にようやく目的地周辺に到着したらしい。
窓の外には、今日の目的地たる大型複合商業施設が天にも迫るその堂々たる威容を惜しげも無く晒し聳え立っていたのだった。
なお大人勢から見ればソフィアも充分に車窓からの風景を楽しんでた様子。
久々に帰ってきた世界だもの、感慨深くなるのも当然ですよね。




