山賊の内情を知ろう
あれよあれよと大部屋に連れて行かれた。
ここは食堂らしい。
丸いテーブルと椅子がいくつも置かれていて、私たちはそのうちのひとつに座った。
イメージしていた酒場の風景に近い。
新たな異世界テンプレを堪能できて嬉しいはずなのに、ここが山賊のアジトだと思うと気軽に妄想に耽ることもできない。いや、いっそ現実逃避するべきか。
「うるさくてごめんね! うちって大所帯だからさ、みんなここに集まっちゃうんだ」
華麗なるインターセプター、レニーが明るく笑う。
朗らかな笑顔。普通の少女に見える。
これが山賊。
やっぱりイメージと違う。
さっきまで男達にあれこれ命じていた姿は山賊の団長の娘というより、大家族のお母さんっぽかった。
団長さんにしたって幼い私を心配してくれる人情があるようだし、悪い人とは思いたくない。
うん、聞いちゃえ。
「みなさんは山賊、なんですよね?」
「そうだよー」
軽い。
「なんでそんなことをしているんですか?」
「うーん、私はお父さんが団長だからってのもあるんだけどー、やっぱり誰かがやらなきゃ困るじゃない?」
うん?
誰かがやらなきゃ困る?
「困るんですか?」
「う? うーん。やっぱり困るよね? 魔石の供給はともかく、魔物は人を襲うからね。やっぱり減らしとかないとさ」
話が噛み合ってない。いや、違う。私の知ってる山賊の方が違うんだ。
山賊は、魔物を減らしてる?
「山賊って、人を襲ったりしないんですか?」
「え? なんで?」
「なんでって……食料を奪ったり、お金を奪ったり?」
「そんな酷いことしないよ!!」
何てことを言い出すんだと変なものを見る目で見られた。団長さんも目を剥いて驚いているし、周囲の団員さん達も吃驚した顔で雑談も止めてこちらを見ている。
山賊に山賊してないんですかと聞いただけなのに。こっちこそ驚いてるよ。
「ごめんなさい。私の勉強不足みたいです。山賊というのはどういった職業なんでしょうか?」
それにしても反応が過剰だ。
人を襲うということに対する忌避感が強いのだろうか、そんなことを考え付くお前が怖いと言わんばかりの視線に囲まれて居心地が悪い。
ちくしょう、山賊なんて紛らわしい単語が全部悪いんだ。
食料を奪ったりお金を奪ったりどころか人を殴ったことすらない私がこんな視線に晒されるのは納得できないけど、失言の責だと思って受け入れるしかない。
幼い私なら思い違いもあるだろうと納得させることができたかは定かではないけど、レニーはなにやらうんうんと頷いて答えてくれた。
「山賊って言うのは、山で定期的に魔物を生んで、採れた魔石を売る職業だよ」
ううん? 魔石も気になるけど、魔物って生めるの? なにそれ、つまり山賊って召喚師なの?
すごい。山賊すごい。
斧振り回して商人を襲う野蛮なイメージが一転して頭良さそうな感じになった。どんな職業か全然分かんないけど。
「魔物を、生む?」
「うん。魔石の欠片を使ってね。ボクも最近できるようになったんだ」
分かるような、分からないような。
魔石の欠片を使うと魔物が生まれる。魔物からは魔石が採れる。採れた魔石の欠片を使ってまた魔物が生まれる。以下ループ。
おう、無限ループって怖くない? とんだ金のなる魔物だよ。
山賊って儲かりそう。
「つまり、お金を稼ぐ為に魔物を生んでいる?」
「違う」
怖い声でお父さんが割り込んできた。職業に対する誇りみたいなものを傷つけただろうか。
「魔物は脅威だ。何処かで生まれ、人を襲う。山で魔物を生めば、その分だけ人の住む場所で魔物が生まれない」
んー、どこに出るか分からない魔物の発生地点を山に固定してるってことかな?
急に街に魔物が現れたら脅威だけど、戦闘要員を集めた場所に魔物が現れるならそれは作業にできる。
「それでは私は知らない間に貴方達に守られていたんですね。お金の為という先ほどの発言の謝罪と、感謝を」
「わかればいい」
フン、とそっぽを向かれた。
原理は分からないけど世界は山賊に守られてるっぽい。すごいじゃん山賊。なんで山賊名乗ってるの。
あれ? でもそれなら山じゃなくてもっと戦いやすい場所を作ればいい気もする。
なんなら牢屋にでも出して槍で突くとか。
「ところで、何故山に住んでいるのですか? 街に住めば良いのでは?」
「神職だからな。賊になるやつは人が集まって暮らしてる街なんかで暮らさないことになってる。昔からの仕来りだ」
古い慣習なら仕方ないね。
そーゆーのって変えないで済むなら変えない方が良さそうだし。
「ねーねー、さっきから気になってたんだけどさ」
話の輪から外れて退屈そうにしていたレニーが私の顔をジッと見ていた。
この切り出され方って緊張するよね。嫌な予感ってやつ?
「キミって貴族の家の子? すっごく言葉遣いが丁寧だよね」
言いながら、目が私の着ている服を検めている。
家にある中では地味な方を選んだつもりだけど貴族の令嬢が着ていても恥ずかしくないとお母様が思うレベルの服だ。たぶんお高いはずだ。
貴族っていうのはバレると思って開き直ってた。
山賊が思ってた職業と全然違ったおかげで身代金目的の監禁とかされる心配は無くなったけど、私の場合は家を黙って抜け出している。親切心で家まで送り届けてもらうだけでもアウトだ。
山賊さん達が貴族と話をすること無く、かつ私と後腐れなく別れること。
そのためには、山賊の人たちを言いくるめて街でお別れするのが一番穏当に進みそうかな?
「あ、貴族ならさ、もしかしてメルクリス家って知ってる? そこの人と知り合いなんだけど」
私の考えがまとまりそうになったとき、またもレニーが爆弾を落としてくれた。
私はただ、無事にアップルパイを買って帰りたいだけなのに。
……難易度がまた上がった。
「人が人を襲うなんて……あの嬢ちゃん、なんて恐ろしい事を考えるんだ……」




