娘さんは魔法使いに覚醒しました
はっきり言おう。唯ちゃんの前で親に抱き締められるのって結構恥ずい。かといってこの拘束から抜け出す訳にもいかないし。
多大なる心配をおかけした代償として、この程度の罰は甘んじて受け入れないとなー……なんてことをぼんやりと考えているうちに感慨に耽る時間は終わったらしい。密着している顔が離れてゆく感覚があった。
……空いた首元がちょぴっとだけ寂しく感じるねー。なんてのはともかく。
「はあ……まったく、この子は。どれだけ心配したか分かってるの? ちゃんと反省してるんでしょうね」
「そうは言うけど、コンビニ帰りに襲われたんだよ、私。あんなの通り魔に遭ったようなもんでしょ。事故だよ事故」
「……反省はー?」
「痛いっタイタイ反省しましたぁー!!」
耳をぐにょーんと伸ばされて反省を促すこのやり取りとか。「まったくもう」なんて言いながら、安堵の息を吐くお母さんの姿とか。
ああ……本当に帰ってきたんだなって。事ある毎に感じちゃう。十五年の月日はマジ長すぎね。
「あ、そーいえば――」
「ところでその――」
言葉が被ってお互いに一瞬動きが止まる。あーあーはいはい、こんなのとかもあったあった。やーもう本当に懐かしいわー。
「私が先でいいわよね?」
「そこで譲らないのがお母さんだよねー」
言いながら笑う。もちろん、常に優先していた訳ではないのだけど。
私の話とお母さんの話。どちらの方が大事かといえば、それは大抵の場合お母さんの方だからお母さんが先に話すの当然のことよね? と言われながら育てられたのが私である。私の話が本当に大事でないかは置いておくにしても、お母さんにはまだまだ疑問がいっぱいな筈。とりあえずは気の済むまで好きなだけ質問させてあげるのが良いだろうね。
「その――なんて言ったらいいのか分からないけど。どういうことがあればあんたの背が縮んで銀髪紫眼の美少女なんかに変身して帰ってくるなんてミラクルが起こるの? 宇宙人に攫われでもした?」
「んふ、んっふふふ……。それ、案外近いかもしんない」
冗談のつもりで言ったんだろうになんたるニアピン。いや何処ぞのおっさんと神秘のベールに包まれた宇宙人様を比べるのは流石に失礼がすぎるだろうか。
どっちも誘拐犯ってことに変わりはないから別にいいか。人を攫って好き勝手にしちゃう狂人なんか、ほとんど宇宙人みたいなものではあるしね。
「まあ簡単に言えば、私の魂だけがこの身体に乗り移ってる感じ? 原理は知らないけど一応戻そうと思えば元の身体には戻れると思うよ」
「え? 戻れるの?」
「多分ね」
お母さんの顔が「じゃあなんでそれをしないの」って物凄い主張してきてるけど、それはね。美少女の身体でいる方が私の満足度が高いからだよ。もちろんこの身体だと魔法を使えるって点も大きいんだけどね。
「んー、そうだねー。攫われてる間にまー色々なことがあったんだけど。諸々説明する前にまずはこれを見て欲しいかな。《光球》」
言葉と共に、部屋の中にポワンとした白い光を発する光源が生まれた。私とお母さんのちょうど中間辺りをふわふわと頼りなく漂っている。
「…………え?」
「これね、魔法。ちなみにこんなんも出来たりするよ。《水球》、《火球》」
握りこぶし大の水が球状となって宙に浮かび、火種も無いのに燃え続ける小さな火の玉がその近くでゆらゆらとその輪郭を妖しく揺らす。
それら不思議現象が間近で発生するのを目の当たりにしたお母さんは、見ていて面白いくらいの間抜け面を晒してくれた。口がパッカーンって開いてて目が点になってるの、マジでウケるね。
「ぷふ、あはははー。あーいい顔してくれるねー。そうだよね、初めて魔法見たらそんな顔にもなるよね――」
「なに、これは?」
「魔法だけど?」
声がガチトーンなんですが。そんな怖い声出さなくたってちゃんと説明させてもらいますよー。
「んっと、実際に体験してきた私でさえ信じ難い話ではあるんだけどね。私の記憶としては、コンビニ帰りに襲われたところで一回意識が途切れてるの。で、次に目覚めた時には赤ちゃんになってた。それがこの身体で、私の体感としては魔法の存在する異世界で十五年間生きてきたのよ」
「……………………」
あら、お母さんがフリーズしてしまったわ、どうしましょ。
再起動に時間がかかるようなら、ずっと放置してた唯ちゃんの相手でも……と思って視線を向けたら、愛らしく小首を傾げられてしまった。唯ちゃんってなんでこんなに動作がいちいち可愛いんだろね。
「…………魔法」
「お、復活した?」
意外に早い復活でしたね。
まあラノベ系は肌に合わなかったみたいだけど、世間で話題になった魔法少年物語は大好きで、映画も見たしでっかい小説も全巻揃えたくらいもんね。カタカナの名前全然覚えるの苦手なくせによくあれを好きになれるもんだと感心したけど、やっぱりファンタジーに適性があるってことなんだろうなー。
「魔法のある世界で、私はソフィア・メルクリスとして十五年間生きてきた。だからまあ、なんというか……この身体にも愛着あるし、元の身体に戻ったら魔法は使えなくなりそうだし? ならこの身体のままでもいいかなーって」
あははのはー、とお気楽に笑えば、本日二度目のクソデカ溜め息を頂きました。
やっぱり親としては、自分の娘が違う姿になるのってショックなのかな……? 経験ないからわかんないねー。
なお心の中では既に数え切れない程の溜め息が吐き出されたご様子。
呆れればいいのか、頭を抱えれて嘆けばいいのか。
母君がめちゃくちゃ困っていますよ。気づいてあげて、ソフィアちゃん。




