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バラしちゃった☆


 意外も意外、歩き続けること凡そ二十分程度だろうか。


 私の身体が囚われていたあの忌まわしい建物は存外我が家の近くにあったようだ。拐われた時間帯を思い起こせば、よく考えたら当然考えつくことだったのかもしれないけどね。


「狭い所でごめんなさいね。娘と二人暮らしだったから、あまり部屋は広くないのよ」


 と案内されたアパートの一室は……もうね。懐かしすぎてこれだけで涙腺崩壊しそうだった。


 そもそもアパートを外から見た時点でうるっときてたしね。


 階段を上る時の感触っていうか、幅? 高さ? 段数? とかもほら、スーパーからの買い物帰りに両手いっぱいに荷物を持ったままでこの階段を踏みしめた時の苦労とかさ。上りきって一息ついた時に毎回目に入る特徴的な壁のシミとかさ。そーゆー思い出がてんこ盛りで、もう部屋に辿り着くまでに五回は《平静》使ったよね。情緒不安定すぎてまともに歩けん。


 お母さんが鍵を取り出して鍵を開けるだけの動作だとか。ドアから響く「カチャンッ」って音と、それを横から眺める私の目に映る風景だとか。


 家の中に入ってからも、なんなの? これは私を泣かせに来てるの?? ってくらい全然なんにも変わってなくて。


 玄関から眺める景色も、物が少ない居間の様子も、窓から見える風景も。


 もう……もうね……? ダメだってこれ。思い出の物量に押し潰されそう。懐かしすぎる記憶の過剰摂取で足が全然動いてくれないよう……。


「……ソフィアさん。この人にはもう、全部バラしちゃった方がいいんじゃないですか?」


 そんなふうに、懐かしの記憶溢れる我が家に入って思っきし足が止まってたんだけど。


 唯ちゃんがお母さんの耳に届く範囲で「バラす」なんて言葉を使っちゃったからね。スッと波が引くように冷静になれた。これ対応間違えたら密かに通報とかされちゃうんじゃないかな。


「うん、初めからそのつもりだよ。ただ話すタイミングは私に任せてもらえるかな?」


「それは、はい。もちろんそのつもりです」


 うーむ、やはり育ってきた環境のせいだろうか。唯ちゃんには警戒心が欠けているように思えてしまうね。


 私のお母さんが特別製の地獄耳を持ってるという事情もあるのだけれど、それにしたって隠し事が下手っぴというか、人を騙すことに不慣れ過ぎる。


 ……ん? いや? それはむしろ良い事なのでは?


 人を騙すのに慣れきった唯ちゃんとか嫌すぎる。可愛い悪女とかいう存在には惹かれるものもないことはないが、唯ちゃんにはやはり純粋無垢な良い子でいて欲しいと願う姉心がある。


 ふむん。つまりは純粋さゆえに危なっかしい唯ちゃんを私が姉として支えれば何も問題は起こらないということかな。なにそれ姉冥利に尽きるんですけど!


 姉妹としてのめくるめく生活に思いを馳せている間に、お母さんがお客様用の椅子を勧めてきた。そちらには唯ちゃんを座らせ……私は()()()()に当たり前に座った。


「早速で悪いのだけど、娘の話を聞かせてもらえる? 貴方達はいったい何を知っているの?」


 正面に座ったお母さんの眼光がいやに鋭い。


 事情を知ってるから気持ちは理解できるけれど、これ保護してきた子供に向ける類いの視線じゃないと思うんですよ。それでもあっちの世界のお母様に比べたらあまりにも温い眼光だけどね。


 ……ん? あれ? よく考えたら実の娘を視線で威圧してきたお母様の方がおかしいのでは……?


 …………ま、まあいいや。今はこっちのお母さんを安心させてあげるのが大事だ、まずはこちらを優先しようね。


 それにしたって、まずは荒唐無稽な話を信じてもらうところから始めないといけない。

 声の調子や細かい表情なんかにも気をつけないと、私達の評価が「可愛い子供たち」から「可愛い顔を武器に怪しげな話を持ち掛けてくる子供たち」といったものに凋落しかねない。気を引き締めてかからないと!


「んー、そうですね。その話をする前にまず聞いておきたいことがあるのですが」


「なにかしら?」


「結論を先に話すのと経緯を先に話すのとでは、どちらの方がお好みですか?」


「結論を先に頂戴。……娘は、生きているのよね?」


 あー、そっか。お母さんからしたらその疑問が先に出るのか。


 生きているといえば生きているし、仮死状態というのも間違いではない。全ての事情を話したあとでなら簡単に「美少女になってしぶとく生き残ったよ!」と言えるのだけど、現時点ではどう答えるのが正解だろうか。そう迷ってしまった時点で割と致命的なミスを犯した気がする。



 ――実際、言葉に詰まった私を見たお母さんは痛ましげに眉を顰めた。



 いつも呆れるくらいに明るかったこの人のそんな表情を見せられてしまったら、もう話の順序だとか、説得力とか、そんな考えが全て余計なものに思えてしまった。


 手順なんかもうどうだっていい。どうせなるようになるしかないでしょ。


「えっと、じゃあ本当に、結論だけ先に言いますね? ……実は私があなたの娘でしたー! じゃじゃーん!」


 いやっふぅー! と手を挙げて、おどけたポーズを取ってみた。


 一緒に住んでた頃には偶にやってたポーズだけど、覚えてるかなー……なんてドキドキしてたら、怪訝な顔を更に奇っ怪な者を見る目に変えたお母さんが、名状し難い顔のまま言葉を紡いだ。


「……ふざけているの? ……巫山戯(ふざけ)てるわよね? 冗談だったら殴ってもいい? 今の私なら許されるわよね?」


 え、ちょっ、こっわ。何その真顔!? 生まれてこの方初めて目にする顔なんだけど!?


 母親ってのは何処の世界でも怖い存在なんだなって、改めてそう思いましたとさ。……うひぃぃん。


なおソフィアをこの状況に追いやった妹様は、自分の助言がナイスフォローであったと疑ってはいないご様子。

この姉妹、思い込みの激しさは案外似た者同士かもしれない。

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