親無き子
チーズケーキ。ガトーショコラ。プリンアラモード。バニラアイス。
私の食べっぷりに感化されて新たにテーブルへと召喚されたデザートを一口ずつ交換してもらい終えたら、私の荒ぶった理性もようやく本来の落ち着きを取り戻したようだ。単に自分の分を食べ終えただけでもあるけど。
これ以上我欲に任せて行動したら今は友好的な彼女たちも流石に不快感を覚えるかもしれない。
故に、「他にも何か頼む? どれにする?」という悪魔の誘惑を鉄壁の意思で乗りきった私は、時折「あーん」と餌付けされながらも早めのうちに本来の目的を果たすことにしたのだった。
「もぐもぐ、もむもむ、……ごくん。えっと、それでですね。頼れる大人もいないものですから、どこか適当な空き家でも探して勝手に住まわせて貰おうかと思っていたんですけど、それが悪い事だというのも一応理解しているので、御三方のうちの誰かに住居を世話をしてもらえるのであればそれはとてもありがたいと……あーん、もぐもぐ。……んむ、そんなふうに思っていたわけです」
「見た目に似合わずトンデモナイこと考えるのね」
「私達に出会えたのは幸運っスね。これ気付かなかったら確実に自称パパさんの餌食コースじゃないっスか?」
「犯罪は通報されなければ犯罪じゃないと思ってるクズがこの街には多いものね……。……私が絶対に守らなくちゃ」
うむうむ、この流れなら無事に安全な住処を確保できそうで何よりである。魔法を使えばある程度の危険なら排除出来るとはいえ、科学技術の発展したこの世界じゃそれもどこまで通用するかは未知数だからね。
私お得意の《身体防御》にしたって実際に人から暴力を振るわれながら試した訳じゃない。この世界は特に人を害する技術が進みすぎてる。用心するに越したことはないだろうね〜。
スタンガンや睡眠薬、催涙スプレーなんかを持ち出されたら、抵抗できるかは怪しいと思う。もっと単純にロープやガムテープでだって唯ちゃんを拘束することなら普通に可能だ。寝ている隙に車のトランクにでも詰め込まれたらこそっと脱出することも叶わないし、あらゆる場所に監視カメラが存在するこの世界では下手な魔法の使用は後々自分の首を絞めることになる。スパッと速やかに「穏当な解決」が出来ない場合、それが新たな問題を引き寄せる呼び水になる可能性が否めないのだ。
……そう考えると、唯ちゃんとの連絡方法を確立しておきたいところなんだよなー。
魔力がほぼ無いこの世界じゃ前の世界みたいに魔力に頼った探査魔法が役に立たない。遠距離にいる人の位置を把握するならGPSにでも頼った方が余程手間が少なく効果的だ。
……ふむん。そうなるとやっぱりスマホが要るな。契約するには大人と住所が必要、と……。
この国、何をするにもやたらと住所と電話番号求めるからな。日本ってやっぱ家なき子には暮らしづらいわ。
氷が溶けてほとんど水だけになったグラスを弄びながらそんなことを考えていると、お母さんが姿勢を変えて、真剣味を増した顔で問い掛けてきた。
「……あのね? もう想像はついてるんだけど、聞かない訳にもいかないから、改めて教えて欲しいの。――二人の両親は、今何処で何をしているのかしら?」
ピタッ、と全員の動きが止まった。
私も、あるいはまた涙がとめどなく流れ出るかと思ったのだけど、以外にも落ち着いた心持ちでその言葉を聞くことが出来た。もしかしたら、内心で「どっちの両親について話せばいいんだろ」と考えていたせいで悲しみよりも悩みが先にたったのかもしれない。
ちらりと唯ちゃんから視線でお伺いを頂いたので、とりあえず頷きを返しておいた。ここは私が先に話させてもらおう。
「――はい。私の両親は……もう、二度と会えない場所にいます。私に遺されたものは、共に過ごした記憶と――あとはこの服くらいでしょうか」
やっば。自分で言ってて秒で悲しくなってきたわ。半分嘘なのに残り半分の威力がえっぐいなーもう。
実際には会おうと思えばまた会えるし、着ている服以外にも荷物はある。アイテムボックス内にある雑貨やらなんやら、全ての物に向こうに住んでた時の思い出がある。今では私以外の誰もが記憶に留めていない、私しか覚えていない思い出が……。
……あー。ダメだ、泣きそう。またかなーり悲しくなってきた。
これからは永久にお兄様分の補給が出来ないんだと自覚したら、なんだか急にヤケ食いでもしたい気分になってきたよ……!
「私も両親はいません。母は生まれた時からいなくて、お父さんは、最近行方不明になってたんですけど……。この間、『生きてる可能性は低い』って言われてしまって……」
「そうなの……」
私に続いて唯ちゃんも自身の身の上を説明すると、目の前の三人どころか聞き耳を立ててた店員さんまでもが口元を抑えて涙目になってた。唯ちゃんの境遇に限ってはその上「永遠にも思える時の牢獄に父親の手で堕とされた」っていつ最上級にきっついエピソードがあるんだけど、それを聞いたらこの人達はどんな反応をするんだろうか。私と同じように憤るかな?
まあなんにせよ、このお通夜みたいな雰囲気は気が滅入って仕方が無い。幸いにもここは食の楽しみを提供する場だ、有難くそのシステムを活用させてもらおうではないか。
私は手を伸ばして、……靴を脱いでイスの上に膝立ちし、身体ごとテーブルの上に乗り出すことでやっとこさ届いた呼び出しのボタンをポチッと押した。
ポーン
と軽妙な明るい音が鳴り、静けさに支配されていた店内に、音が戻った。
「おん?どした?そんな神妙な面して」
「あたし今、軽い気持ちで聞き耳立ててたことすんごい後悔してる……。あれだけ可愛い子なら絶対人生勝ち組だと思ってたのに、あんなのないよぉ……!」
図らずも深夜バイトに極上の話のネタを提供したようです。




