美少女力=発言力
外の自販機で買ってきたというホットココアを頂きながら聞いた話によると、どうやら今はこれから夜になる時間帯らしく、お母さんとその友人達は私達の保護を何よりも優先したいらしい。「こんなに見た目の整った訳ありそうな子供、外の連中に預けるのだって危うい」のだそうな。
本人達いわく怪しくない枠に入っている筈の若干一名様の瞳が血走っているように見えなくもないが、あれは彼女特有の病気で元々そーゆーものだから、別段気にする必要はないとのことだった。
うん、そーね。それ女児性愛者って名前の病気ですよね、分かります。前世の私にも多めのお年玉とかくれてたもんね。その性質についてはよーく知っておりますともさ。
「親の目を盗んで子供に大金を渡す大人なんてね、どこの世界でも大体害悪だって決まってるのよ」なんて名目でほとんど家には呼ばれない人だったけど、今にして思えばこっちが原因で私から距離を離されていたんだと思う。現に美少女化した今の私に対する目ヂカラが半端ない。そんなガン見してバレてないとでも思ってんのかな?
まあ異世界の濃厚真性ロリ男から向けられるスライム並にネットリとした視線すら経験した私からしてみれば、この程度の視線は「なんかちょっと見られてるな」くらいで済ますことも出来るのだけど、その影響範囲に唯ちゃんまで入っているのが精神衛生上よろしくない。
敬愛するお兄様に存在を忘れられるという未曾有の危機に際して、今にも崩れそうだって私の心を支えてくれた唯ちゃんには圧倒的な感謝しかない。そんな唯ちゃんに邪な視線を向けるとはなんたることか、控えおろうって感じ。
なのでその大恩をここで少しでも返す為にも、ワッキーさんにはちょっと反省してもらおうと思ったのです。
幸か不幸か、ついさっき泣きまくった私の顔は未だにか弱さを担保してくれているハズ。
そんな状態で、特定の人物に対して怯えを見せれば……?
結果は考えるまでもなく明白ですよね。
「……あそこのおばさんの目が、怖い――」
「分かったわ」
「死ねやオラァー!! っス!」
「ひぎぃぃ!!」
全てを言い切る前に神速の拳が二つ放たれ、その攻撃をまともに受けたワッキーさんは奇声を発して崩れ落ちた。両脇腹に吸い込まれていった手の形……恐らくは人生の下り坂にあった脇腹を一切の容赦なく高速で揉みしだかれたのだろうと思う。なんとも恐ろしい攻撃だった。
「悪! 即! 斬! っス!!」
「ごめんなさいね。必死すぎて気持ち悪かったかもしれないけど、一応彼女に悪気はないのよ。これでもまだ怖いようだったら二度と目に入らないようにすることも出来るけど、どうする?」
「いえ、もう大丈夫です」
「私も……はい。大丈夫です」
「そう? 許してくれてありがとうね」
むしろ今はあなた方の容赦のなさの方が怖いです。ワッキーさん、男の人には見せられない顔晒してますよ。
改めて美少女の発言力というものを思い知った気がする。罪のない通勤中サラリーマンを痴漢にでっち上げて遊んでたタチの悪いクソ女とかいたけど、今の私だったらあれやってもガチで全員味方に出来そう。そら痴漢冤罪も生まれますわ。
「あの……社長、さん? 大丈夫ですか?」
「、ぅんッ……!」
「えっ?」
なんだか罪悪感を覚えて気遣ってはみたものの、もしかして対応を間違えたかも……? 今のって、あの……まさか恍惚の声ではない……ですよね?
「テル」
「りょーかいっス」
あ、やっぱりそれ系の声だったんだね。今のは二人的にもアウト判定だったらしい。テルさんに連れられた社長さんは「痛恨のミスを犯したッ!」みたいな顔をしながらも従順に退場していった。みんな仲が良さそうで何よりな事だ。
でも二人がどこかに行ってしまうと、この場に残されるのがお母さんだけになってしまうのよね。
三人でおバカな掛け合いしてくれているなら適当に眺めてるだけで問題なく時間は過ぎ行くのだけど、相手が一人になってしまえばそうはいかない。
あるいは私達から事情を聞く為、わざとお母さんだけが残されたのかもしれなかった。
「さて、と」
そんな考えに至ったからか、空気の転換を図るその一言だけでも過剰に反応してしまう……。
そして私が過剰な反応を示せば、それに釣られて唯ちゃんも警戒心を強くする。お母さんを困らせるつもりなんて全くないのに、なんとも不毛な負の流れがここに形成されてしまっていたのだった。
「……ごめんなさい。私ってそんなに怖い見た目してるかしら」
「こちらこそごめんなさい。見た目ではなくて、雰囲気というか……」
あるいはその本質というか。
お母さんが目的の為には時に手段を選ばないってこと、私は誰よりも知ってるからね。
「焦りが顔にでも出てたかしら……」と徐ろに眉間を揉みほぐし始めた姿を眺めながら、私は自分達の境遇をどのような設定にするのかを、今更ながらに悩み始めたのだった。
一方その頃、唯は弱々しさを見せたソフィアの助けになれたことで確かな充足感を得ていたりした。




