異世界との決別
白い世界で、唯ちゃんに慰められることで私は悟った。人の存在ってめっちゃ大事。あと視覚ね。
目に痛いほどの白は冷たい拒絶のイメージを抱かせる。
こんな所にたった独りで閉じ込められてた唯ちゃんのことを思えば、今の私なんて……たかだか異世界での居心地の良い生活を失っただけの浮浪者みたいな……いや花の乙女に浮浪者はないな。帰り路の分からなくなった迷子、みたいな?
まあ、そんな感じで。
私は唯ちゃんの温もりに触れることで、くだらない冗談を考えられるくらいにまで回復していた。
「……ん。ありがと、唯ちゃん。お陰様でもう大丈夫!」
「……本当、ですか?」
「うん。唯ちゃんのおかげで助かっちゃった。あはは」
うん、ある程度本当だから。だからね、そんな慈愛のこもった視線向けられるとね、ソフィアお姉ちゃんは唯ちゃんのことを「唯おねえちゃん」と呼びたくなってしまいます。私の姉としての立場を奪わないでください。
おもらしするとこ見られたりしてるし、もうわりと姉の威厳なんて壊滅的な気がしないでもないけど、それでも私は唯ちゃんとは血の繋がったお姉ちゃんなので。折角出来た新しい居場所からこんなとこまで着いてきてくれた唯ちゃんには、今すぐにでも笑顔になって欲しいという気持ちは変わらずにある。
……っていうか、今更だけど。唯ちゃんって自分の意思で私に着いてきてくれたんだよね? 私が無理やり掻っ攫ってきたわけじゃあないんだよね?
どれだけ優秀な記憶能力を持っていたとしても、意識が曖昧な時分の記憶は同じように曖昧だ。私の記憶は、リンゼちゃんから未だに信じたくない言葉を聞いた時からスポーンと綺麗に抜け落ちたままの状態である。
……ん? そういえばあの時、リンゼちゃんって唯ちゃんに私のこと確認してたよね? てことは唯ちゃんの記憶は皆の中に残ってたってこと? 忘れられてたの、私だけ説あったりする??
…………改めて考えると、説どころではなく、その可能性しか考えられないことに気が付いた。私は耐えられずに記憶さえも置き去りにする速度で逃げ出したが、唯ちゃんはあのままあそこで暮らすことは可能だった。その可能性を潰したのは他ならぬ私自身の存在だ。
……いや、可能性は潰えてなんかいない。まだ間に合う。
時間を調整してあちらの世界へ送り込めば、唯ちゃんはまだ、リンゼちゃん達と共に暮らすことだって望めるはずだ。
「……あの、さ。唯ちゃんは、リンゼちゃんと……」
――一緒に暮らせるなら暮らしたいよね? という言葉は、形にならずに消えていった。
喉が震えて声にならない……? いや違う。喉が震えるのなら声は出るはず。震えているのは別の場所だ。
心が怯懦に震えているが、それだけじゃない。
気付けば私の手は、脚は、ひと目で異常と分かるほどに激しく震え始めていて。ガクブルと惨めにも震え続ける身体が、どうやっても止まらない、止められない。止められる気がしない。
まるで周囲の白が全て雪にでも入れ替わってしまったかのような、身の凍るような寒さを感じていた。
「……? リンゼちゃんと、なんですか?」
「――リンゼちゃんと暮らしたい、よね?」
――言った。言えた。ガクブルと震えたままだけど言いきれたぞ……!
どんだけ唯ちゃんを失いたくないのか、言った直後から上半身に感じる寒さが半端ないんだけど、無事に唯ちゃんに意思確認の言葉を投げかける事に成功した。ていうかマジでガチでバチクソ寒い。まさか意識の無い間に服を脱いだりとかしてないよね……?
返事を聞きたくない深層心理も相まって自分の上半身を確認してみるも、幸いにして半裸になったりはしてなかった。ただ号泣した時の涙で胸の当たりがベチャベチャに濡れてた。寒かった原因は間違いなくこれだな。
《浄化》ついでにいつの間にか切れてた《身体強化》も再起動して身体をポカポカに温めると、冷え切ってた心にも少しは温もりが戻った気がした。心身の保護って大切だよねぇ。
と、私がひとりでそんな寸劇を繰り広げている間に、私達の未来を左右しかねない唯ちゃんからの返答が来た。
「もちろんリンゼちゃんと離れるのは寂しいですけど……。私はずっと前から、元の世界に帰りたいと思ってましたよ」
「……なんかごめん」
そーよね。うん、実は知ってた。それを知った上で、私が無理やり引き止めてたようなものだもんね。
「ソフィアさんの方こそいいんですか? お兄さんとかお姉さんとか、他の人達だってソフィアさんのお友達なんですよね?」
「うぐっ……」
良くないけど……良くないんだけど、仕方ないじゃん! 私があっちにいると何が起きるかわかんないし!!
現時点でさえ及ぼした影響が大きすぎる。
これ以上私があちらの世界に固執してしまうことで、みんなの性格だけでなく、命や存在に関わることにまで影響が出てしまう可能性を考えたら……この機会におさらばするのが一番だって結論になっちゃうでしょうよ。きっとここが引き際なんだよ。
「――いい。忘れる。日本に帰ったら忘却魔法掛けて全部忘れる。それで全部の問題が解決するんだから安いもんでしょ」
「そんなの……」
何か言葉を続けようとしていた唯ちゃんだったけど、結局その先の言葉は形にならなかった。
……うん。それでいいんだ。
悲しみも苦しみも、全部異世界に置いていく。
それがきっと、私たちにとっても、あちらの世界にとっても、最善になるんだと信じてるから――。
なおソフィアとは違って精神的に大人な唯さんは「私の服にも涙を綺麗にする魔法かけてくれないかな……」とは思いつつも、中々言い出すタイミングを掴めずにいた。




