前を向いて突進しよ!
今日の夕食も、みんなで一緒に食べた。そこには愛しのお兄様だって勿論いた。
なのに私の心は常に寒風が吹き込んでいるかのような心境だ。どれだけ暖めようと苦心しても、暖めたそばから熱が奪い去られてゆく感覚が止まることは無い。
冷えきって、凍えきって、氷漬けになって。
やがて砕けて粉々に崩れ去るまで、この寒さは消えない。そんな幻想が、消え去ってくれない。
私はいつまでお兄様と一緒にいられるんだろう。
私はいつまでお兄様に守られたままでいられるんだろう。
終わりの時は、着実に近付いてきている。……そんな気がした。
――という乙女なセンチメンタルを開示するつもりはないのだけれど、一人で色々と考え込んでるとろくでもない思考に陥ってしまいそうなので今夜は唯ちゃんと過ごさせてもらうことにした。許可はもちろんこれから取る。
成人を迎えたこの歳にもなって「ひとりで寝るの寂しいよぉ」なんて言うつもりはない。大体それなら睡眠不要な唯ちゃん以外の選択肢を選ぶ。
意外と鋭いお姉様に甘えながら過ごすのも、今日散々扱き使われた仕返しにリンゼちゃんに嫌がらせをしながら過ごすのも勿論選択肢としては考えたのだけど、唯ちゃん相手に一晩中「神様パワー」について語り合いながら過ごすのが最も建設的だという結論に達した。これはただそれだけの話なのだ。
「トン、トン、トン。こんばんわー、唯ちゃん。遊びに来たよー」
ノックと同時に即入室。
こんなことをしても怒られないから唯ちゃんって好き。
これがもし仮にお母様の寝室だったりしたら、即廊下に追い出された後にそのままお説教へと移行するからね。眼前三十センチくらいのところに立って威圧感を与えながら長々とお説教始めるからね。貴族の常識の前に人としての常識を問いたい。
思うに、個室の扉とは心の扉と同義なのだ。親しい間柄であれば突然開かれて喜びこそすれ、怒るなどという反応が起こることこそありえない。
だから夜中に愛しい娘が訪ねてきた時の正しい反応としてはね、やっぱり「まあ、こんな夜中に私の部屋を訪れてくれるなんて嬉しいわ。今日はどうしたの? もしかして一緒に寝たいとか……?」くらいのものが――いや、ごめんなさい、嘘です。流石にこんな反応を示されたら「お母様が狂ったー!!」と叫び出しちゃうかもしれない。やばい、想像だけで鳥肌たったよ……。
と、とにかくね。唯ちゃんは貴重な癒し系だよねってこと!
リンゼちゃんは大分身長が高くなってしまった上に口の悪さが半端ないからね。黙ってればまだまだ可愛いお人形さんで通りそうなものなんだけど、リンゼちゃんに限っては付き合い長すぎて黙ってても呆れてる雰囲気とか伝わってきちゃうから。愛でて癒されたいならここはやっぱり唯ちゃんこそが適任なのよね。
という事情により選出された癒し要員の唯ちゃんは、私の期待通り「ソフィアさん。いらっしゃいませ」と笑顔で歓迎してくれた。ん〜っ、私が求めていたのはこれだよこれぇ!!
「今日はどうする? いつも通り魔法の練習でもいいけど、よければ一緒にあの変な感覚が発生する条件を調べてみない?」
「そうですね。……ソフィアさんがそれだけ気にするってことは、あの感覚はやはり危険なもの……なんですよね?」
「それさえも分かんない状況だけどね〜」
いやホントに、絶妙に危険域に振り切らないのがまたいやらしい感じなのよね。
神様パワーの発動条件が単に「私が何かを考えた時」ってだけならそのうちこの世界から可愛い女の子(あんどお兄様)以外の人類が消滅することになると思うのだけど、今のところその兆候は……うーむ、無いようあるような、微妙な感じで。
確実に安全とは言い切れないけど、でも今のところはまだ致命的な問題も起きていないし……。とはいえこんなことが日に何度も繰り返されるようであれば、いずれは取り返しのつかない事態が引き起こされることも確実なわけで。
……んー、なら取り返しのつく今の内に……って、やっぱりどうしても考えちゃうよなぁ。
神様パワーの発動条件解明は急務である。
それこそ、家事なんかに時間を費やしている暇はない程に――としか私的には考えられないんだけどなー。リンゼちゃんが余裕綽々でいられる理由が知りたい。
やっぱり神様としての知識と経験? あるいは――……常識の変化を感じ取れる側と感じ取れない側での意識の差、とか?
……改めて考えたら、その可能性も結構ありそうな気がしてきちゃった。
もしもリンゼちゃんの余裕が、事態を正確に認識していないが故の無警戒だとしたら……私達って今、結構な運命の分岐点にいたりするんじゃないかな? その可能性は高いんじゃないかな? なんて思えてくるよね。
……ううむ。油断するとホントすぐに悪い方へと考えちゃうなー。
「ま、備えあれば憂いなしって言うことだし。とりあえず何でも思い付いたこと羅列してこ?」
「はい、わかりました」
まあ何が起こるか分からないってことは、予想のつかない慶事が突如巻き起こる可能性だってある訳だからね。
暗くなってばっかでいい事なんてあるわけないし。
世の中に希望を照らす神殿の聖女様として、私もいっちょ前向きにこの祝われた体質に向き合っていくとしましょうかね!
「……」
いつもは過剰な程に甘えてくるけど、本当に辛い時だけは、彼女は自分からは甘えてこない。
ソフィアの大好きなお兄様が愛妹の異常の原因を探るべく活動を開始しました。
 




