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家事という名の重労働


 ――安請け合い、ダメ、絶対。


 そんな教訓を学んだ一日だった。


「…………死ぬほど、疲れ……た」


 この世で一番鬼に近い生き物はお母様だと信じて疑わなかった私だけど、今日初めて、その認識が誤りであった可能性に気が付いたね。


 私はどうして鬼が唯一無二の存在であるなどと思い込んでいたのだろうか。「お母様から無事に逃げ切って、これからはお兄様とのめくるめく生活……♪」などと淡い期待に胸を膨らませていられたのだろうか。


 昔から、鬼って種族名だと知ってたはずなのにね。

 赤鬼がいれば青鬼がいることだって、知識としてはちゃんと知ってたはずなのにね。


 親としての権力を金棒(最強の武器)として振りかざすだけの単純な鬼ではない。幼さと約束を盾に、こちらが屈するまでチクチクチクチクと鬱陶しいまでに精神攻撃を繰り返す子供の鬼。リンゼちゃんは武威に頼らず相手を屈服させる術に長けた紛うことなき鬼童子だった。


 メイド姿の妖精さんかと思ったら、その本質は鬼の其れ。


 そんなリンゼちゃんに存分に扱き使われ果たした私は、もはや精魂の抜け落ちてしまった脱け殻で。憐れに回復を待つだけの物言わぬ屍同然の姿を晒す羽目になったのでした。


「お疲れ様。正直最後まで付き合ってくれるとは思わなかったわ」


「……うーい」


 付き合わなくても良かったのなら最初から教えてー? ていうか逃げようとしたら「そう。唯がまだ頑張っているのに、ソフィアはもう限界なのね? ふうん……そうなの」とか言って煽りまくってくれてたじゃん。逃がす気絶対なかったよね?


 私というチートキャラを好き放題に使ってくれたお陰で、今後ひと月は放置しても構わないくらい神殿の隅々まで綺麗になったことは認めるけどさ? 神殿内のあらゆる場所の天井付近とか、礼拝堂のステンドグラスとかさ。私の担当区分だけ異常に多くなかったかな? って思うわけ。


 築一年未満の神殿をここまで気合い入れて綺麗にする必要はあったのかなって、そう思わずにはいられないのよね……。終わった後に言うことでもないんだけどさ……。


 生きる屍そのもののように、途切れ途切れの意識でそのようなことを考えていると、私の頭のそばにそっとカップが差し出された。魔法で湯気を鼻の方へと誘導すると、私の好きな銘柄の紅茶の香りが漂ってきた。


「お疲れ様です、ソフィアさん。一人であんなに働いたから疲れたんじゃないですか? 今はゆっくり休んでくださいね」


「唯ちゃあん……好き……結婚しよ……?」


「唯、ダメよ。この子供は甘やかすと何処までも付け上がるんだから。少し厳しく接するくらいで丁度いいのよ」


 丁度いいわけあるかーい。だだ甘に甘やかした上で理性溶かして便利に使うお兄様方式が私の正しい使い方だよ。リンゼちゃんはお兄様の元でその手腕を習ってくるといいんじゃないかな。


 はあーん、お兄様が恋しい……。

 ソフィア、優しいひと、大好き……。優しくないひと、嫌い……どっか行っちゃえぇー……。


 だらけた姿勢のまま紅茶でくぴくぴと喉を湿らす。


 疲れた身体に琥珀色の液体が染み渡って、身体中から疲れが蒸発する姿を幻視した。


 ああー、このまま眠ったらよく眠れそう……――なんて考えながらうっかりウトウトしていたら、不意に身体を浮遊感が包み込んだ。まるで夢の中に誘われる瞬間みたい……などと呑気な事を考えていたんだけど、唯ちゃんの「えっ?」という声で僅かに現実方面へと引き戻された。


「唯、どうしたの?」


「今の感覚って……。ソフィアさん、起きてください。今の、また魔物に何かが起きたんじゃないでしょうか」


「ええーまたあ!?」


 夢見心地から一瞬で現実に引き戻された。お手伝い中は何も起こらなかったから安心してたのに、終わった途端にこれかよ!! もう今日は何事もなく休ませてよーっ!!


「ソフィア、今度は何を考えていたの? まさか『魔物が世界中で暴れてくれれば面倒な家事をする必要なんてなくなるのに』なんてことを考えていたわけじゃないでしょうね」


「そんなこと考えて……ないよ! ないからね!? リンゼちゃんは私をなんだと思ってるの!?」


「……なら、今の怪しい間は何? 否定を繰り返したのも怪しいわね」


 ちょっと「それいいかも」と思っちゃっただけですぅ!! でもそれ言うとまた怒られそうだから黙秘権を行使しますう!!


「それよりリンゼちゃん、魔物のこと思い出したの? 今回の変化ってそれじゃないの?」


「『魔物は人の悪感情によって生まれ人を襲う獣の姿を模した不定形の存在。襲われた人は意識を失うが、人の魔力を浴びせ続けると弱り、最後には魔石を残して消えてしまう』。ソフィアから聞いたこの情報以外に『魔物』という言葉に対応する知識は私の中に無いわ。恐らくまた別の事柄に関する変化だと思うのだけど」


「どの常識がどう変わったか確かめるのって、とんでもなく面倒だよね……」


 思えば二回目の変化だって、掃除中にリンゼちゃんと雑談してたことで偶然「悪意は魔石に宿る為に浄化が必要→悪意は動物に取り憑くが時間経過で元に戻る」という変化があったと判明したくらいだ。お互いが「こんなの常識」と思っている事柄を擦り合わせる作業は想像以上の困難を極めた。


 しかも今回は寝惚けてて、何考えてたのかもあんまり覚えてないというね……。


 なんかもう、別に何が変わったか確かめなくても良くない? って気分になってきたよね。どーせ確かめたところで元の常識に戻せる訳でもなし。


 確かめるだけ確かめてあとは放置って、それなら初めから知らなかったところで何も変わらないんじゃ? と思っちゃうのも仕方の無いことだと思うんですよねー。


「魔法で空飛べるでしょ?天井の掃除をお願いね」

「礼拝堂に人がいる?あなた姿を消す魔法使えるじゃない」


ソフィアの扱いを心得ているリンゼさんのお手伝いは血反吐を吐きそうなほど大変だったみたいですよ。

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