王子と余りとその余り
カイルを腕相撲で負かした。
周囲のクラスメイトからちらほらと声が上がる。中には私やカイルのことを知っていた人もいるみたいで、まさか私が勝つとは思ってなかったみたいなことを話してた。
そんな彼ら以上に私の勝利に驚いているのがカイルの友人たる二人。ミュラーさんとウォルフくん。
えっ? マジで? って顔してカイルを見てる。行動そっくりだね二人とも。
カイルは不思議そうに自分の手を見てたけど、私の勝ち誇った顔に気付いて、嫌そうに顔を顰めた。
よし、十分なおしおきになったみたいだから、今回はこれで許してやろう。
これに懲りたらきちんと反省するように!
「私の相手もしてくれない?」
うん、そーなるよね、やっぱり。
ミュラーさんがライバル見つけたみたいな目になってる。これはいけない。
「はい、いいですよ」
熱血系はカイル一人で手一杯だ。
おかわりとかいらない。なんとかして、相手にする程ではないと思わせなければ!
さくっと負けた。
手加減なんてもんじゃない、力なんて殆ど入れてなかったから一瞬で負けた。
ミュラーさんはつまらなそうな顔をしてるけど、ごめんね。
私はカイルに偶然勝てただけってことにしておいて欲しい。
「カイル、もっと頑張りなさいよ」
これなら勝てたでしょ、と不甲斐ないカイルを窘めてた。とりあえずは納得してくれたみたい。
「……ソフィアの相手は苦手なんだよ」
ふーん、次は勝つとか言うかと思ったら。
カイルは偶にしつこいけど、言い訳ってしないよね。その男らしさが女の子にモテる秘訣なのかな。
私はときめかないけど好感は持てるもんね。
ああー、という声の上がった方を見れば、男の子が二人、腕相撲に興じていた。
その周囲に集まった男の子たちが、次は俺だ、いや俺が、と盛り上がっている。どうやら勝ち抜き戦をしているらしい。
腕相撲が何故か広まってた。
学校って局地ブーム起こりやすいよね。ここ学院だけど。
ふと思い立って見回せば、教室内で既に大まかなグループが形成されているみたいだった。
最大派閥は言わずもがな、王子様グループだね。
うん、女の子が集まってるのしか見えないけど、あの黄色い声は多分王子様グループ。王子様がんぱ。
そして余った男の子たち。
わいわいがやがや、腕相撲グループ。
少人数で雑談をしている数グループ。
あとは王子様の方を気にしているグループと、女の子たちのグループ。
王子様の方を見てる中に一人、王子目的ではなくあからさまに女の子を物色してる奴がいたのは見なかった事にする。
で、当然なんだけど、どの輪にも入ってない子もいるんだよね。
私自身一人でいるのが好きだから、好きで孤独を選んだ子に余計なお節介をするつもりは無い。
でも。
「ちょっとごめんね」
カイルたちに詫びを入れて、その子の元に向かう。
初めて見た時から、私の庇護欲をビンビンに刺激してきた【純情乙女】ヴァレリーちゃん。
彼女は孤高には見えなかった。
その横顔は何かを耐えているようで。
有り体に言えば、悩んでいるように見えた。
苦しくて、辛くて。でも誰にも言えない。どうしよう、どうすれば。
そんな声が聞こえてくるようだった。
楽しげで朗らかな教室の中で、ヴァレリーちゃんの周りだけが、暗く沈んで見えた。
だから。
「こんにちわっ」
とびきり明るく声を掛けた。
話しかけずらい空気ごとぶち壊すつもりで。ビックリして顔を上げてくれたらいいなと考えながら。
かわいい子が暗い顔してるなんて、世界の損失だからねっ!
「やべえ!楽しい!腕相撲、すごくいい!おい、もっかいやろうぜ!」
「まだまだいけるぜ、次は誰だ?」
「お前勝ちすぎ!そろそろ負けろ!」
大流行アームズバトラーズ。




