朝は忙しい、悩みなんて忘れるほどに
「簡単」なんて言葉に飛びついて話なんて聞かなきゃ良かった。あれから他の話が全然頭に入ってこないよう!
リンゼちゃんを無理矢理に連れ出して始めた相談会は、一旦お開きになっていた。それというのもリンゼちゃんの本来の業務が理由である。
洗濯物は朝のうちに干しておきたいって……言ってることは分かるけど、分かるけどさぁ……!?
それは果たして私達の相談よりも優先するべきことなのだろうか。その辺の認識が私とリンゼちゃんとで大きく食い違っている気がしてならない。
手を動かせば着実に終わりに近付く家事雑事と、相談しても現状では何も変わらない世界規模の相談事。そう考えれば前者を優先したくなる気持ちも分からないではないけど……うーむ。
何が正しくて、何が正しくないのか。
もはや私には何も分からない状態に陥っていたのだった。
「はあー……」
「溜め息ついてる暇があったらちゃんと働きなさいよ。手伝うって言い出したのはソフィアの方でしょ?」
「ちゃんとやってるってー……」
チクチクと小言を挟んでくるリンゼちゃんを適当にあしらいながら、唯ちゃんから手渡された洗濯物を、パンッ! と伸ばして竿に通す。その作業だけを延々と飽きる程に繰り返している。
作業自体は簡単なことでも、それが神殿に住んでいる全員分の衣服、シーツ、その他大物の洗濯物まで全て含めてのことともなれば、それなりの時間を要しても中々終わりが見えない量になってしまうのは必然だった。
「やっぱり魔法で水分飛ばしちゃわない? それならすぐに終わらせる自信があるんだけど」
「ダメよ。そのやり方だとシワが残るし、生地も微妙にごわついていたでしょう? 陽に当てた方が綺麗な仕上がりになるのはさっき説明したじゃないの」
「だってこれ面倒すぎる……」
「手伝いを片手間で済まそうとする方がおかしいのよ。ほら、唯を見習いなさいな。文句も言わずにきちんと手伝ってくれてるじゃない。……ソフィアは威勢だけは良いのだけど、あまり役に立っている感じがしないのよね」
「ちゃんと言われた通りに作業してますけど!?」
「そうなのよね。やっぱり文句が多いせいかしら? 気分的には邪魔ばかりされている気がするのに、作業は着実に進んでいる。……不思議な気分ね」
「私が真面目にお手伝いしているから着実に終わりに近付いてるんですぅー!!」
なんか今日のリンゼちゃんめっちゃイジワルじゃない!?
お昼までにやることが多いからって私で気晴らしする必要はないと思うの!!
「唯ちゃんだって私がちゃんと働いてるとこ見てるもんね!? ほら、リンゼちゃんに言ってやって! 『ソフィアおねーちゃんはちゃんと一生懸命がんばっています』って言ってやって!!」
「ソフィア、お喋りに夢中で手が止まっているみたいだけど」
「今やろうと思ってたとこなんですぅ!!」
むあぁーっ! ちゃんと働いてるんだからちょっとは褒めてよーっ!! 私は褒められて伸びる子なんだからちゃんと成果に見合った感謝を頂戴!? そしたらやる気だってもうちょい出るのにぃ!
隙あらば手を動かせとせっついてくるお陰でもう変な悩みとか全部すっとんじゃった。これを狙ってやってたんだとしたら、リンゼちゃんは私が思っているよりもかなり私の事が好きだという証明になるけど……。
残念ながら、単に便利使いしてるだけだろうなぁ。
リンゼちゃんってツンデレさんではあるけどこういうデレ方はしないもんなぁ。
「てゆーかこの量、普段から一人で処理してるの? 流石にちょっと多すぎるんじゃない?」
「毎日この量を一人でなんて出来るわけないでしょ? 今日は二人が手伝ってくれると言うからまとめて洗っているに決まってるでしょう」
わぁい、しかも私らの為に気を利かせてお仕事を増やしてくれてたみたいですよ? 嬉しすぎて思わず涙が溢れちゃうよね。
お手伝いってさ、本来あった仕事を手伝うから「お手伝い」って言うんじゃないの? 手伝いで増える労力を当てにして仕事量の方を増やすんだったら、それってもはや「作業員を確保した」とかいう括りになりませんかね? 私の知ってるお手伝いの定義から外れている気がひしひしとするよね。
まあ「そこの絨毯も洗うからアイテムボックスに入れて持ってきて」とか言われた時点でなんかおかしいとは思ってたんだ。
神殿で暮らしてる以上私も普通に目にするものだし、綺麗になってたら気持ちが良いのは確かだけどさー。わざわざ今日洗わなくてもいいんじゃないかと思っちゃうのは仕方ないよね。
「……唯ちゃんもそろそろ洗濯のお手伝い飽きてきたんじゃない? 後は私がやっておくから、疲れたら少し休んでてもいいよ?」
小さな身体でせっせと働く唯ちゃんを気遣いそっと小声で労ってみたら、何故か驚いた顔をした唯ちゃんが焦った様子でわたわたしだした。よくわからんけど可愛いなそれ。
「わ、私、何か失敗してましたか? ごめんなさい、次は失敗しないようにしますから、どこかダメだったか教えてもらえないでしょうか……」
「え? いや失敗なんて何もしてないと思うけど……?」
え、え? なに? どゆこと? もしかして洗濯のお手伝いが初めて……とか? 別にいびったつもりなんてないんですけど……。
なんでそんなに卑屈なのかなーと考えていたら「ソフィア……」とめっちゃ責めるような視線と声音がリンゼちゃんから発せられてた。いやいやこれは冤罪ですって!
魔法巧者であるソフィアを最大限に有効活用する気満々のリンゼさん。
「後で手伝うから」という一言が「今日いちにち手伝う」という意味で受け取られていることを、ソフィアはまだ知らなかった。




