甚だ不本意な役どころ
どうしよう。世界から魔物の存在が消えたのってマジのマジで私のせいかもしれないの??
今までは「なんとなくそんな気がする」と「でも流石に自意識過剰すぎてイタイかも?」が半々くらいでせめぎ合ってたのに、リンゼちゃんに指摘された途端急に現実味を帯びた責任感さんが台頭してきて「そうだ、全部お前のせいじゃあ〜!」とばかりに存在感を主張してきた。全部聞かなかった事にして昨日の時点に戻りたいよう。
そもそもの話さ。魔物の存在を消すって……なに? そんなことが一個人に出来る方がおかしくない??
つまり狂ってるのは私ではなく世界の仕組みの方で、だから私は悪くないと思う……というか確実に悪くないのではないかと……。……どーなんですかね!?
だってほらぁ! 人間誰だって人には言えない願いを一度くらいは考えたことあるでしょ? 「あいつ大嫌いだから消えてくんないかな」とか、「学校なんて消えてなくなればいいのに」とかさ。考えるじゃん普通。人って気分の高低がある生き物だからさ。
でもそれが叶うとは思ってないじゃん。思ってないから大胆で現実味のない妄想を好き勝手に想像できるんじゃない。
だのにある日突然、その妄想のひとつが何の前触れもなく叶ってるとか……。これって恐怖以外のなにものでもないと思うよ……?
大体叶う願いもおかしい。
「魔物なんて消えちゃえばいいのに」ってこれ、そもそも願いって程に大それたものでもなかったからね。
私の願望が叶うのだったらまずはお兄様と結婚させろと言いたい。声を大にして主張したい。例えばこんな――
――ある朝目が覚めると、すぐ隣りには寝入った時の記憶にない、人の気配があることに気がついた。
緊張に身体を強ばらせたまま確かめれば、そこには上半身裸のお兄様がいて「おはよ」と無邪気な笑顔をこちらに向けてきていて。
「お兄様!?」
「うん、お兄様だよ。どうしたんだいソフィア。……もしかしてまだ緊張してるの? ふふっ、ソフィアは本当にかわいいね」
なんてイタズラっぽく微笑んでらして。頬を優しく撫でられたりなんかしちゃったりして。
「……お、お兄様が、何故私のベッドにいるのですか?」
「うん? 照れ隠しかな? 夫婦が一緒のベッドで眠るのは何もおかしなことではないよね?」
「ふーふっ!?」
慌てふためく私の身体を、お兄様は優しく、強く抱きしめて。決して離さないと、二人の繋がりはこれから一生続くんだと、私の魂に刻み込むように力いっぱい抱きしめてくれて。
「そう、やっと夫婦になれたんだ。これからは一緒に生きていこう。……いいよね、ソフィア?」
「お兄様……。……ッ、はいっ!!」
喜びに溢れる涙。
突然すぎる状況は混乱する理由にはなっても、お兄様を拒む理由になんてなりはしない。
これから私はお兄様の伴侶として生きていくんだ。
希望に満ち溢れた未来をお兄様と一緒に生きていく決意を固め、私はお兄様の身体を強く、強く抱きしめ返した――
――こんな幸せ展開だったら私だって諸手を挙げて喜んでいたさッ!! 恐怖を感じる前に「うおおおこんな幸福っ、夢でもいいッ!! 目覚める前にめいっぱい堪能し尽くすんじゃあぁあああッ!!!」とばかりに全力で状況を楽しみにいっていた自信しかないっ!!
けれども現実はなんとも非常だ。魔物が世界からいなくなると私にどんなお得があるの? なんもなくない? むしろミュラーのストレス発散先がいっこ消えて私がまた狙われるようにとかなったんじゃない? デメリットしかねぇえ!!
利点をくれー、利点をぉー。
私にとってのお得ポイントをおくれよう。
でなけりゃ私の願いが実現しただなんて与太、信じる気にはなれないんだよう。
「はあ……」
「現実逃避は終わった?」
クソデカため息を吐いて現実の悲惨さに嘆いていると、リンゼちゃんから咎めるようなお言葉を頂戴してしまった。
いやいやいやいや、リンゼちゃんもいっぺん私の立場経験してみ? こんなの溜め息しか出ないって。むしろ他に何すりゃいいのか教えて欲しい。
「未だにこれが現実だと認め難いんだけど」
「そうね。今の世界に疑問を抱いているのはソフィアと唯の二人だけ。世界の常識が覆ったと仮定するよりも二人の記憶が何らかの理由で誤っていると考えた方が現実的ではあるでしょうね」
「……んー?」
……どゆこと? 「魔物がいた世界」の方が私と唯ちゃんの作り出した妄想ってこと? なんかもう訳わかんなくなってきたよう。
わけわかめ! なんて混乱状態に陥りかけていたところだったが、リンゼちゃんの話にはまだ続きがあったみたいだ。
「でも、唯と、ソフィアだものね。この世界の中心は間違いなくあなた達だもの。きっと私達の記憶の方が間違っているんでしょうね」
……そこまで無条件に信じられるのも、それはそれで怖いものがあるよね。リンゼちゃんの精神性ってどうなってんだろ。
世界の中心、ねぇ……。
その役割もなんか、得よりも損の方が多そうな予感がひしひしとするよね。
過去に「悪意を垂れ流しにしている特殊な人間」と評されたこともある彼女は、自身に従う美少女メイドからの特別呼ばわりには強い警戒感を持っているようだ。




