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冷えた心の救済者


「…………お兄様の、部屋」


 この場所までやって来た記憶が無い。


 が、今の私の精神状態を考えれば、無意識に足がここへ向くのも当然だと思えた。


 しかし問題なのは肝心のお兄様ですら魔物に関する記憶を(うしな)っている可能性が高いということ。


 頼れば甘えさせてはくれるだろう。だが、今まで全ての問題をたちどころに解決してくれたお兄様でさえ私の不安を解消できないという現実に直面した時、果たして私の精神は持ち堪えることができるだろうか……?


「ふふふっ。……はぁ」


 答えは明快。そんなん無理でーす。


 そもそも無人のお兄様の部屋を訪ねちゃってる時点で明らかに精神ガタガタだからね。


 この時間帯、お兄様が部屋に居ないことなんて分かりきってるし、そもそも魔法を使えばこんな薄い扉は無いにも等しい。お兄様の現在位置だって神殿内にいるかいないかくらいはすぐ簡単に調べられる。


 そんなことすら思い付かないとか、私はどんだけ追い詰められてるんだって話。


 慌てたところで現状は何も改善しない。

 むしろ慌てた拍子に、また予期せぬ願いを――と最悪の可能性に行き着いて、私はまた、身体を這い回るゾクゾクとした感触に身震いをするのだった。


「あーもう、冷や汗やっば……。――《浄化》」


 身体を伝う冷や汗と、服に染み込んで冷えきってしまった汗を綺麗さっぱり消し飛ばしたにも関わらず、未だに気持ちの悪い冷感が身体にまとわりついている感触が消えない。


 この感触は精神性のものだと頭では理解しているけれど、一刻も早くこの不快な感触から逃れたくて。私は身体に纏った《防御魔法》を強化、肌と服の間に厚さ一センチにも及ぶ魔力の層を作り上げた。


「――ふー、ふぅー……。……チッ。この状況でリンゼちゃんにも頼れないとなると……」


 落ち着け、落ち着けと何度自分に言い聞かせても、泣き喚いて叫び出したくなるような衝動は消えない。


 そうして意識を失えば、全ては悪い夢だったのだと解決に至るのかもしれない。


 けれど私には、唯ちゃんから貰った特別な魔力を有する私には、これが単なる悪い夢だとは到底信じることが出来なかった。


「……そうだ。まだ唯ちゃんに確かめてない」


 止めようもなく流れ行く思考の中で、不意に浮かんだ条件と相手。


 ――特別な魔力。唯ちゃん。記憶を喪失する条件とその対策は。


 肉体的には一般人に過ぎないリンゼちゃんがダメでも、唯ちゃんは女神(ヨル)と同様、魔力だけで構成された身体をもつ。魔力を媒介にした不可思議現象には著しく強い抵抗力を持っているはずだ。


 すぐさま転移。目標地点は唯ちゃんの部屋の中、扉のすぐ傍。


 突然現れた私に驚いた様子だったけれど、唯ちゃんはすぐに「何かあったんですか?」と椅子から立ち上がって対応してくれた。どうやら今の今までずっと魔法制御の練習をしていたらしい。真面目な子だ。


「ちょっと唯ちゃんに聞きたいことがあってね。唯ちゃんは魔物って知ってる? ……知らなくても、特に問題はないんだけど」


 思ってもいない言葉が口から零れた。


 親しい人が自分の知らない内に変えられていたという事実に、思っていたよりもずっと心はダメージを負っていたらしい。


 ここで唯ちゃんに「魔物ってなんですか?」なんて言われたらショックだろうなぁ。でもお兄様やお姉様に言われるよりはまだ耐えられる気がする……。いやどっちもめちゃくちゃ嫌ではあるんだけど……。


 そんなことを考えている間に、唯ちゃんは首を傾げながら口を開いた。


「魔物、ですか? ソフィアさん達が最近よく狩りに行っている獲物……ですよね?」


「唯ぢゃああぁあん!!!」


「わぁっ!?」


 覚えてた、覚えてたぁああ!! 唯ちゃん魔物のこと覚えてたよおおぉお!!!


 やばい、なんか凄い涙が出てくるぅ!!

 腕の中で唯ちゃんが慌てふためいているのが分かるけど、ごめんよ。もう少しだけこうして抱き締めさせて!?


 あぁああ〜、覚えてるのが私一人じゃなくてほんっっとに良かった!!!!


 孤独感からの解放。押し潰されそうな程に心を圧迫していた不安からの脱却。


 それらを齎してくれた唯ちゃんに、私は心からの感謝を捧げたい。具体的には無数のキスとか送りたい気分! 多分嫌がられるからやらないけどね!!


「あぁあ〜〜……マジでもう、なんなの? って感じだったあぁ〜……。リンゼちゃんも忘れちゃってるし、もう何がなにやら、不安で不安で堪らなくて……」


 いやもうほんとに、たった一人だけでも話が通じる人がいるこの事実。これがどれだけ心強いか!!


 もうこのまま眠っちゃいたいくらい気疲れ半端なかったけど、我慢、我慢だ。ここはもうひと踏ん張りやったりましょう!


 でろんでろんになって唯ちゃんに寄り掛かったまま、なんとかやる気を捻出していく。


 私が何とか落ち着きを取り戻した頃には、唯ちゃんも驚きから脱していたみたいだった。


「よく分からないんですけど……なにか大変なことがあった、んですよね?」


「そうなの! も〜聞いてよ唯ちゃん。実はさ〜……――」


 聞くも涙、語るも涙の事態に巻き込まれたことを感情豊かに語りながら、私はこれから自分のなすべきことをゆっくりと考えてゆくのだった。


流石現役最強の女神様は格が違った!

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