そして、腕相撲が流行った
「ほらほら、カイル」
腕相撲、しよ?
あれだけ勝負したがってたのに、渋るとは意外だ。
もしかしてこれが野生の本能というやつだろうか。
この勝負を受けるな! なんとか断るんだ! と内なるカイルが叫んでたりするのかな。だとしたら正解だ。
いくら力に自信があろうと、筋力だけでは魔力ブーストした私には勝てまい。
相手が男だろうが、大人だろうが、魔力の使い方を知らなければ大差は無い。屈辱的な敗北をプレゼントしてやろう、ふはは。……私、今悪い顔してそうだなあ。
「……よし」
覚悟を決めた顔で、自らの手のひらを見つめるカイル。
そういいのいいから早くしてくれないかな。
「これから何が始まるの?」
興味深げなお二人と、少しずつ注目しつつある観客たち。
うむうむ、暇だから腕相撲を存じ上げない皆様に解説してあげよう。
「腕相撲って言ってね。お互いに肘をつけて手を組んだら、合図と同時に、こう、相手の手の甲を机に押し当てる遊びなの」
説明しながら、仮想の相手に勝利をおさめる。
「でも当然、相手も力を入れてくるよね。それを押し返そうとして、でも力が弱ければ押し切られちゃう。ね、力比べにいいでしょ? あ、終わるまで肘は離しちゃダメだからね」
説明しながら、今度は反対側に腕をゆっくりと倒す。
押される力にふぬぬと抵抗したけれど、押し切られてしまうパターンを演出してみた。
「今のが負けね。ふうん。ソフィアって演技が上手なのね」
「そう? ありがとう」
思わぬところを褒められた。ミュラーさんの注目するポイント面白いな。
ともかく、説明のおかげかギャラリーも少し増えた。
これから共に学ぶ級友たちにささやかな娯楽を提供しよう。
「今度こそ勝つ」
「? いつも勝ってるじゃない」
なんかカイルに啖呵切られた。
カイルとはたまに腕相撲するけど、その目的は「同世代の男の子の力測定」みたいなものだ。
次回以降も快く引き受けてもらうために私が勝ったことはなかったはず。負けた夢でも見たのかな?
変なカイル。
「じゃあミュラーさん。合図お願いします」
「分かったわ」
そもそも一回でも負けてたらこんな勝負のってこないだろうに。
いや、そうでもないかな?
カイルって腕相撲の時、いつも真剣な顔してるし。こういう勝負好きなのかもね。男の子だから。
「勝て!」
うぉぅ油断した。なにその合図、斬新すぎでしょ。
ちょっと出遅れたけど、私の身体強化は常時発動だから不意打ちとか効かない。寝てても勝てるよ。
その証拠に、カイルが頑張ってるけど手応えは無い。
ちょっと申し訳なくも思うけど、勝負とは非情なのだ。
というわけで、今回は力押しではなく、カイルを脱力させる方向でいってみよう!
一応押されてる雰囲気を醸しつつ、ふむんっ! と、「私も力入れてますよー」アピールも忘れずに。それと並行して魔力をカイルの腕に伸ばして、違和感を与えないように、少しずつなじませる。
十分になじんだらー、腕に集まっていた魔力をパッと解放!
するとあら不思議!
急な脱力感にビックリして、腕の力が緩んじゃうんですねー。
その隙につけ込んで、はい、終了。
油断した男の子を降した女の子の完成でーす。
力押しとかして、私が【豪腕】呼びされたら泣けるからね。工夫してみた。
これで私の勝利はカイルの油断によるものだと思われるだろう。
女の子はかよわいものだからね。運が良かったワー。
なおカイル少年へのくすぐり攻撃の効果が極めて軽微であることは、過去の試行により証明されていたりする。
わりと実験台。