お詫びのお菓子が量産されています
迂闊な発言を連発してくれたヘレナさんのお陰で、私のお菓子在庫が増えることが確約された。こんなのもう感謝しかない。
なので礼儀正しい私はきちんとお礼を述べましたとさ。
「ありがとうございます。ヘレナさんのお陰で久しぶりにシャルマさんのお菓子を心ゆくまで堪能出来そうです」
神殿の厨房を使い、私の為に保存のきくお菓子を量産してくれているシャルマさんは、現在こちらの会話に参加できない。
ヘレナさんは孤立無援の状況の中、余計な事を言わないようにと気をつけながら、なんとも言えない苦笑いを浮かべていた。
「あはは……。ソフィアちゃんのそういう顔を見ていると、やっぱりアイリスの娘なんだと感じるわね。その笑顔のまま責める目線がすごくそっくりで……」
「そんな意図は込めてませんけど?」
この人慌てるとミスが増えるタイプだな、いま確信した。
ヘレナさんはもう口を閉ざした方がいいかもしれんね。
何故か心外な評価を頂いてしまったが、それは勘違いというものだ。だって私には、本当に責める気持ちなんてないんだからね。
怒るよりも前に「何が起きてる?」って感じだったし。
それに先程の感謝の言葉通り、シャルマさん特製のお菓子を大量に寄付するきっかけをくれたヘレナさんには今では感謝する気持ちの方が圧倒的に大きい。
お詫びの話が出る前にしたって、正直なところ「暇潰しがやってきた」という感覚の方が強かったくらいだからね。私の利を運んで来てくれるのならそれはむしろ望むところだ、毎日だって来て欲しいよねー。
学院に通ってた頃なんて通学するたび毎日のように「うわ本当にすごくちっちゃい」「なんかやけにちっちゃいのがいる」って小声で噂されてたくらいなんだからね。今更大人の人に背のことを言われたくらいで怒ったりはしないさ。相手側からしても私の低身長が話しづらいのはきちんと理解しているつもりだからね。
……いやまあ、それでも三年間通いつめた部屋の主に卒業する年を勘違いされてるとは思わなかったけどね。
「ヘレナさんは少し物事を悪い方へと考えてしまう傾向がありますよね。お母様だっていつも同じ不機嫌顔に見えますけど、常に不機嫌な訳ではないでしょう? それと同じことです。あんなぶすっとした顔をしていても、意外と機嫌のいい時だってあるんですよ?」
指を一本、ピッと立てて例を出す。
最悪を想像するの事態は良いことだけど、それで萎縮していては意味が無い。要はあらゆる可能性を想定してあらかじめ備えておくことこそが肝要なのだ。
「……? アイリスは無表情なことが多かったけど、ソフィアちゃんの前ではいつも不機嫌な顔でいるの?」
「……まあ、そこは深く突っ込まないでください。少し言い間違えましたかね」
そうそう、不機嫌ではなく無表情、ね。不機嫌っぽく見える無表情よね。
お母様が私の前でだけ特別仕様の無表情仮面を被っていたことはこの際脇に置いておいて。改めてお母様の仮面の効果について尋ねると、ヘレナさんもやはりあの無表情に阻まれて、時々お母様の真意については測り兼ねることがあったようだ。
ふむ。一応仮面の奥の表情も見通せるけど、常に分かる訳では無いといったところか。さもありなん。
宜しい、ならばお母様を知悉しているこの私が、お母様の攻略法について教えて進ぜようではありませんか。なに、あの大量に作られてるシャルマさんのお菓子が間もなく全て私の懐に入ってくるんだ、このくらいの対価で済むのなら安いものさ〜。
頭の中で様々なパターンのお母様像を思い浮かべ、レクチャーの段取りを整えた。それではゆこうぜ、レッスンわん!
「まずお母様の基本ですが、機嫌のいい時は声の高さが違います。が、お母様もそれは自覚しているようで、意識的に声の高さを統一している様子が見られますね。しかし感情の調整までは完璧ではない。若干強ばったように感じる声の時は機嫌がいいと見て良いでしょうね。逆に妙に自然で優しい声だった時には要注意が必要です。心の底では腸が煮えくり返っている可能性すらあります。出来れば二人きりになるのは避けるべきなのですが、お母様は狡猾なので、その背筋にまで響く声を聞いた時には既に場は整えられていることでしょう。むりやりにでも逃げようとすると本性を現して襲いかかってくるので、その場合は第三者の介入により場が崩れることを祈るしかないでしょうね。さりげなく二人きりになろうとしてきたらすぐにでも警戒が必要です。次にお母様への反撃の仕方ですが――」
「ちょっと待って」
んっ、と勢い込んでいた身体が止められてしまった。我ながらスルスルと言葉が出てきてびっくりするね。
「今のって、アイリスの話……なのよね? なに、アイリスってソフィアちゃん相手にはそんな感じなの? あのアイリスが??」
「お母様は外面だけは完璧ですからね。実はお説教が趣味なのだと思われます」
ヘレナさんも友人として、お母様にもっとまともな趣味を与えてあげて! というつもりで密告するも、何故かヘレナさんはニマニマとした笑みを浮かべ始めた。ちょっと不気味ですよその表情。
「……なんですか、どうかしたんですか?」
「アイリスは本当に幸せになれたのねぇ」
「私の話聞いてました?」
今はお母様のせいで私が不幸せになってた話しかしてなくないかな?
ていうか、妙に生暖かいその視線をこっちに向けるのを今すぐヤメロォ! なんとなく不快な感じがするんですけど!!?
ちなみにこれは余談ですが、ソフィアはお菓子の良い匂いがして気分が良くなると驚くほど簡単に気が緩みます。
この悪口がヘレナから本人へと伝えられる可能性についてなど一切思い至っていないようです。脳内お花畑で幸せですね。




