身長が低い。とても低い
どうやら私の低身長は授業を受け持っていた教師にさえ実年齢を誤認させる効果があるようだった。
やったね! この見た目だったら電車やバスにだって子供料金で乗り放題だよ! 異世界にそんな仕組みはないんだけどね!!
子供半額の食べ放題くらいならあっても良さそうなものだけれど、残念ながら私の知る範囲で食べ放題システムが採用されている飲食店は存在しない。貴族社会で一般的なパーティーでは実質食べ放題形式になっているが、それは主催者が食事代を受け持っているからそう見えるだけでパーティーの参加者が人数分の食べ放題代金を支払っていたりする訳ではないのだ。
つまり、私がチビに見えることによる利点なんて何ひとつ無かったのだった。
「私が必要以上に低身長なせいでお二人には御迷惑をかけたようで、どーも申し訳ありませんでした」
慇懃無礼に頭を下げると、ヘレナさんが面白いくらいに狼狽え始めた。
どうやらこの謝罪が元学院生の子供が口にしたものではなく、神殿所属の最高位【聖女】の謝罪である可能性にようやく思い至ったらしい。権力に弱いヘレナさんは見るからに慌てふためき、すっかり冷静さを失っていた。
「いえ、あの……シャルマぁ」
「謝罪すべきはこちらの方です。私共の確認不足で、大変失礼を致しました。ほら、ヘレナ様も謝ってください。心を込めて、丁寧に、ですよ」
「は、はい。大変申し訳ありませんでした」
――それは、あまりにも美しい謝罪だった。
シャルマさんに促されたヘレナさんの、どんだけ頭下げ慣れてんのと思わせる程に迷いのない謝罪っぷり。これ以上苛めたら間違いなく私が悪者になっちゃう。
……これもうさぁ。そろそろ本気で幻影魔法の習得を頑張った方がいいのかもしれないね?
唯ちゃんに魔法を教える傍らで魔力制御の修練は欠かしてないけど、自身を大人体型と偽る魔法は実現の難易度よりもその行使に伴う精神性こそが課題となる。一言で言えば、以後一生に渡り「幻影を纏った自分こそが真実の姿である」と世間に貫き通す覚悟が必要になるということだ。
その覚悟が出来なければ……いつの日にか、きっと後悔する羽目になる。
魔法で作った幻影が暴かれてしまれば、心無い誰かに「え、それがソフィアさんの本当の姿だったの?」「うわぁ……いくらなんでも盛りすぎでしょ(笑)」なんて言われたりして、神殿という聖地が「小さい聖女様が必死になって大人の振りをしてる場所」という嫌すぎる観光名所になっちゃう可能性さえある。そしたら私、王都を滅ぼす決断とかしちゃうかもしれない……。
まあ実際はそんなことになる前に、お兄様とかが頑張ってなんとかしてくれちゃうとは思うんだけどね。
はあーあ。……この身体が普通に成長してくれてたら、こんなことで思い悩む必要もなかったのにな。
とりあえずヘレナさんの方はそろそろ許してあげようかなっと。
「はい、許します。ホントはそんなに怒ってませんよ。私が幼く見えるのは事実ですしね」
俯けていた顔をパッとあげて笑顔を見せる。
実際怒ってるわけではなかったからねー。
ただ学院で最も長い時間触れ合った大人であるヘレナさんでも、私の成長は全く感じられなかったという事実に、ちょっと……いや大分心が折られかけただけだからねー、あははー。
「あ、やっぱり? はー、良かった! その見た目だもの、勘違いするのも――」
「ヘレナ様!!」
迂闊な発言を始めたヘレナさんを気が利くシャルマさんが叱っていた。私の心が追撃を受ける事態は防がれたようで感謝しかない。
身長ねー。マジで伸びない方がおかしいんだよなこれ。
やっぱ美容関係の魔法が悪さしてたのかな? それとも純粋にそーゆー体質?
原理不明の《アイテムボックス》を身体の近くで使いまくってたり、寒暖差の影響がなくて快適だからって《身体強化(空調調節バージョン)》を寝てる時にだって常用してたり、あとトイレが不衛生で行きたくないからって理由で体内の排泄物を直接魔法で処理してたりとか、原因として思い付く事柄には枚挙にいとまがないレベルではあるんだけどさ。でも逆に「そんなことで成長って止まるの?」って感じはする。……止まると言えば《時間停止》も影響あるかな?
人の身体とは摩訶不思議なもので、案外丈夫かと思いきや意外と脆い一面もある。
こんだけ原因となり得る魔法を多用してたのに私の唯一の美点たる可愛さは失わず、なおかつ健康体も維持しているだから、これだけでも良しとしておくべきなのかもしれない。
ふむーん。そう考えると、なんか身長くらいはどうってことない気が……なんて。そんな気になるわけが無いんだけどさ。友人のいない生活をしてたら、そんな気になってた可能性はあるのかなって思うよ。
でもほら。やっぱり人って、人と関わって生きてくものだし。
子供は普通、成長して大人になってくものだからね。
昔は同じ目線で会話の出来たカイルだって、今では見上げるほどに成長して……とはいえ、いくら男女でもあの差はないよねぇ。
学院入学前と何も変わらず、思いっきり見上げないと大人と顔を見て会話ができない私と、私ほどに首をグイッと上げなくても自然な角度で会話ができる、私と同世代のミュラーとカレン。
お互いに座ってる今の状態でさえヘレナさんとの目線の高さが違うんだもんなぁ……。
……うん。やっぱり身長のバランスくらいは、どうにか出来るものなら解決しときたい問題かもね。
低身長に定評のあるソフィアさんは、実は幼メイドとして可愛がってきた年下の女の子にもつい最近追い抜かれたらしい。
しかしその事実はまだ、ソフィア以外の誰も知らない。




