お姉様の補佐係
お兄様の仕事を減らす為、暇人代表なソフィアちゃんはお姉様の補佐係を担当することになりました。気分は有能な美人秘書です。
仕事は出来るけどちょっとだらしない主のお世話って、これヘレナさんとシャルマさんの関係に似ているよね。
となると、私は時に厳しく、時に優しくやる気を出させるシャルマさん役。
お姉様への飴は私からの賛辞とかで大丈夫かな?
お兄様に「助かったよ」なんて言葉が貰えた際には、溢れる感情のまま抱き着いたりするのもいいかもしれないね。
――なんてことを思いつつも二、三日お姉様と一緒に過ごして気がついた。初日に見た書類の山、あれ多分お姉様の仕込みだったわ。
そもそもの話、あの山を誰が築いたのかという問題がある。
お兄様から遣わされた使用人? それを手伝ったであろうリンゼちゃん?
どちらにせよ、無駄に高い山を作るなんて非効率なことはしないだろう。リンゼちゃんに至ってはあの高さを成す為の身長すら足りない。
あの真面目ちゃんが椅子の上に乗ってまでわざわざ書類を山積みにするとか普通に考えてありえないでしょ。
となればあの山は不必要なのにも関わらず無駄に高さを追求した作品ということになる。そんなのもう暇人の仕事以外にありえないじゃん。
そうなのだ。お姉様の仕事も実は意外と暇だったのだ。
もちろん私やカイル達ほど何もすることがない状態では無いのだけれど、ダラダラしながら私をからかって遊ぶくらいの時間の余裕は存在する。むしろその為に極力仕事の時間を短縮している節すらあるかもしれない。
有能な人が普通の人と同じ仕事をすると、ひょっとすると今のお姉様みたいにずーっとサボっているように見えるのかもしれない。
そんなふうに、私は思った。
「どしたのーソフィア? ひょっとしてもうおやつの時間が待ち遠しくなっちゃった?」
「そんな気配がしないこともないですけど。今はちょっと別のことを考えてましたね」
例えば、何故私はお姉様に抱えられて抱き枕のような役割をする羽目になったんだろうか? とかね。
まあ「これも私がやる気を出す為には必要なことなのよ……!」と強く要望されて、断らなかった私も私だけどさ。……ってそうじゃなくて。
一見するとどー見ても日がな一日のんびりと個室でサボっているようにしか見えないお姉様だが、一日の仕事量やその成果を確認するときちんとある程度の仕事は完了している。その秘密は私が密かに研究していた特殊な魔法《分身の術》……によるものなどではなくて、徹底した作業の効率化にある。
サボる為に働くを地で行くお姉様は、日中私とイチャイチャする時間を捻出するために、朝食に集まる頃には半分以上の業務を終わらせてくるのだ。
散歩と称した設備点検。修繕箇所の把握と手配。必要書類の作成などなど、先に出来ることはぜーんぶ先に済ませておいちゃう。そんなお姉様だから、もちろんリンゼちゃんとの連携だって完璧だ。
つい昨日、私には基本的にクールな対応をするリンゼちゃんが、性格のよく似たお姉様には普通に丁寧な対応をするのはおかしいのではないかというクレームを入れたのだけど、本人から「ソフィアよりも頼りになるのだから対応に違いが出るのは当たり前でしょ」なんて言われる事態もあったりしたし。
「私だって頼りになるよ? むしろ頼って!」と反論するも、「ならこれから料理は全てソフィアが担当してくれない?」とか言われちゃって、思わず唸りながら「それはちょっと……」と返せばまるで待ち構えていたかのように「そういうところが頼れないのよね」って。た、偶にだったらお手伝いはするよ……?
そんな感じで具体例を聞く機会は逃したのだけど、数日お姉様と行動を共にしていればお姉様がリンゼちゃんの助けになっていることはよく分かった。
リンゼちゃんが洗濯物を干すタイミングで毎回中庭の隅へ散歩に行ったり、トイレのついでに中庭を覗けば当たり前のようにリンゼちゃんが水瓶を運ぶ場面に出会したりする。休憩=リンゼちゃんのお手伝いかと疑うレベルの遭遇率だ。
私ね、思うんだ。
お姉様って実は《感知》とか《遠隔視》みたいな魔法を常時発動させてリンゼちゃんを監視してるんじゃないかってさ。
こうやって私で遊んでても、お姉様はふとした瞬間に外へと出たがる。そして「やっぱり時々外の空気も吸わないとねー」なんて言いながら、困ったリンゼちゃんを見つけては助けるのだ。
「お姉様ってリンゼちゃんが困ってる場面によく遭遇しますよね」
「んー? そう?」
「異常な遭遇率だと思います」
異常な遭遇率と言えば、なんか私もやけにカイルがトイレから出てくるとこ見るんだよな。
私自身はトイレに行かないからあんまり近付く機会もないってのに、偶にあの辺り通るとよく見る気がする。あいつトイレ行き過ぎじゃないかな。
「偶然ではないですよね?」
私のは絶対偶然だけど。
と、心の中で強く断言しながら問いかけると「偶然にきまってるでしょー」とゆるい言葉が返ってきた。
「え? 偶然なんですか?」
「そうよー? なんかぁー、ソフィアが困ってたらロランドよりも先に気付けるようになりたーいと思っていたら、いつのまにか困ってる女の子の気配が分かるようになってたのよねー。困ったものだわー」
「困……ってるんですか?」
「困るわよー。そわそわしちゃうもん」
はあ、そわそわ。
なんだかお姉様と話していると、私はゆるっとしちゃいそうだわー?
……っていうか、それってやっぱり狙ってるのでは? んん?
姉の愛は、あらゆる不可能を可能にする。




