なまけものの巣
領地に連れ戻されてたお姉様がやってきた。今度はきちんと手順を踏んでやってきたので、しばらくは一緒にいられるようだ。
これはもうお祝いをするしかないだろうね!
しかしそんなふうに思ったのは私だけのようで、私の提案はお兄様にすげなく流されてしまった。一緒にノってくれると思っていたお姉様も「私はソフィアが喜んでくれるだけで充分よ! それだけでやる気がいっぱい湧いてくるわ!」と一通り喜んだあとは溜まってた仕事の消化に向かってしまった。取り残された暇人感が半端ないです。
「それで、ソフィアは彼女の手伝いをしないの?」
「俺達も人のこと言えないくらい楽させてもらってるけど、ソフィアだけ明らかに毎日暇してるよな」
ミュラーとカイルの言葉がビシビシと突き刺さる。
戦闘訓練を趣味にしている人から見れば、そりゃあ私は暇そうに見えるだろうさ。でも実際の仕事に関わる時間で言えばカイル達だって相当な暇人だからね! 私だけじゃないんだからね!!
「まあ流石に暇すぎるから手伝おっかな。ミュラー……はどうせ訓練だよね。カイルとカレンはどうする?」
暇人仲間として誘ってみたのだけど、二人も事務作業や家事を手伝うより身体を動かす方が好きみたいだ。
「いや俺達は訓練の方に行くよ。最近やっとコツみたいなのも掴めてきたしな!」
「うん。そういうことだから、ソフィア、ごめんね……?」
「いやいや、いーよ。いーですよー。お二人で好きなだけイチャイチャしててくださーい」
「おう!」
おう! じゃないんだっての。からかいがいがなくなってカイルはホントつまんなくなったね。未だに照れ顔を隠しきれてないカレンちゃんを見習え!
微妙に負け組の気分を味わいながら肩を落とすと、そんな私の肩にミュラーの手がそっと置かれた。
「心配しないで、ソフィア。二人は私が立派な騎士に育てあげてみせるから」
「そんな心配は全くしてない……」
もういいです。どーぞ好きにしてください。
中庭を壊さない範囲で頑張ってねーと応援をしつつ、一人寂しくお姉様の元へと向かう。……なんて残念感を演出してるけど、神殿には執務室が一つしかない。すなわち、これから向かう先にはお姉様だけではなくお兄様もいる可能性が高いのである。ふひひ。
もちろん主目的はお姉様のお手伝いだよ?
でもほら、折角なら好きな人の前でこそ良いとこ見せたいっていうかね、そーゆーのあるじゃん?
お兄様がそばに居る環境でお手伝いすることで私のやる気がぶち上がってお姉様は楽ができる。良いことしかないんだから何も問題は無いよね。うん、暴走しなけりゃ問題ないない。
部屋に入る前に礼儀正しく扉をノックし、お淑やかに入室した。今の私は麗しの令嬢ソフィアちゃんである。
「失礼します。手が空いているので、何かお姉様のお手伝いは出来ないかと思い伺ったのですが――」
「はあぁぁーーー!! 私の妹が有能すぎる! 好き!! ソフィアってば最ッ高!!」
突然の大声に、思わずビクッ! と飛び上がってしまった。こんなに喜ばれるとは思わなかったね。
ちなみにお兄様の方は思った通り不在だった。
こんなこったろうと思ったからあらかじめ魔法で居場所を探らなかったんだよ。さ、そうと分かればお淑やかな時間は終わりね。気分を切り替えてお姉様と程よくイチャイチャしよっと。
「そんなにお仕事が溜まってたんですか?」
「それもあるけど、そうじゃなくてねー。家でお仕事してた時はみーんなお仕事が適当でねー。自分の仕事が終わって他人の手伝いまで出来る人なんてだーれもいなかったのよー。私以外に、だーれもねー」
うふふふふ♪ と遠くを見ながら若干歪な笑い声をあげるお姉様。どうやら嫁いだ先はなまけものの巣窟だったらしい。
……私達も今現在、お兄様を除いてなまけものと呼んでもいい状態にはあるのだけど。お姉様はまだその状況を把握してはいないのかな?
いや仕事が無いのと仕事が出来ないのとでは音は似てても実情にはかなりの差があるだろう。私達は能力的には優秀だし、指示さえあればまともに仕事は出来るはず。だから引け目を感じる必要は一切ない。……だよね?
心の中の自己弁護を終え、チラリとお姉様を見上げてみれば、お姉様は自分の机の上に積んであった山をテキパキと双子山に作り替えている最中だった。「これとーこれとー、あーこのあたりも全部いけるかなー♪」なんて楽しげな声が上がる度に小さな山の標高が伸びてゆく。
暇過ぎて迂闊な行動を起こしたかと自分の行いをちょっぴり反省したりなぞした。
「ん。じゃー、はい。ソフィアはこっちをお願いね♪」
そう言って示された山は、お姉様の前に置かれた書類の山より倍以上高くそびえ立って見える。
私の身長では山頂にある書類の内容なんて読めやしない……って、それはまあ机の上に置かれてる時点で読めないんだけどね。
「これ……全部ですか?」
「そ、全部。見た目は多くて大変そうだけど、ちょっと読んで書類の傾向毎に分類してくれたらいいだけだから。そのくらいなら簡単でしょ?」
「それなら、はい」
うん、良かった。それなら簡単な作業だね。
でもそれって、今お姉様がやってたことと変わんないよね……?
分類が仕事ならばお姉様は今何を分けてたんだろう……? そんな疑問が顔に出ていたのか、お姉様は会心の笑顔を浮かべて、バァン! と勢いよく机を叩いた。書類の山が危うげに揺れる。
「ソフィアと一緒に仕事する為なら、私は無駄な仕事だって全力で出来るわ!!」
「必要な仕事だけしててください」
アリシアお姉ちゃん は 仕事を邪魔されて喜んでいる。
ソフィア は お姉ちゃんの仕事 を 手伝った。
アリシアお姉ちゃんは楽しそうに ソフィアの様子 を 眺めている。
――お仕事がまったく進まなくなった!




