はじめてのお仕事
私がお兄様とイチャイチャして、カレンがカイルとイチャイチャしている間に我がメルクリス家側の引っ越し作業は終わったらしい。恐るべきはアイテムボックス持ちの私を操るお兄様の手腕よ。そんなとこも好き!
それなりの時間をお兄様分の補給に費やした私は元気満タン。
今後の新生活に向かって気力を漲らせ、まずは――と気合を入れたところで愛しのお兄様からお声が掛かった。
「それじゃあ、これからお世話になる人達に挨拶に行こうか」
「はいっ!」
お世話になる人達。誰だろ? お兄様とリンゼちゃんのお世話になるのだけは確定なのだが。
二人に促されるままに着替えを済ませると、歩くのに気を遣う格好にも関わらず馬車に乗ることもなく徒歩での移動。何処へ向かうのかと思えば、私の手を引いたお兄様はお隣りの服飾店へと乗り込み「ごめんください」と声をあげた。
「ご近所を巡るんですか?」
「そうだね。神殿で暮らすことになるとは以前から伝えてあったけれど、改めて挨拶することに意味があるからね。それも神殿の代表である僕達が声を掛けて回ることに意味がある。……中庭の騒音被害を多少は多めに見てもらう為にも、ね?」
「ああ……なるほど」
要は「これからご迷惑かけますけどごめんなさいね」と先に謝っておくと言うことですね。私それお母様にやって成功した試し無いけど、お兄様が言えば成功率百パーセントも夢じゃない。流石はお兄様だ、頼りになるぅ!
――と、私はそのように思っていた。全てはお兄様の煌めかんばかりの容姿でゴリ押すのだと。
だが実際にはどうだろう。行く先々では確かにお兄様が最初の挨拶をした。
だがその反応は、当初私が思っていたような「ロランド様かっけぇ! こんな人に迷惑掛けられるなんてむしろ栄誉だろ!?」とか「ああぁあ女神様ありがとうございます、ロランド様のお姿を拝見出来ただけでも我が人生に悔いなし」みたいな反応をする人は殆どおらず、むしろ「お貴族様がわざわざそんなことで挨拶を?」と戸惑われることが多かった。
なんか貴族に慣れていない平民にはお兄様の放つ光が眩しすぎて、それが絶世の美貌を持つ男性であると気付かれない感じ。太陽の表面の模様が直視出来ないのに似ているのかな?
そのせいか、そんな彼ら彼女らを虜にするのは何故か私の役割になってしまったのだった。
お兄様はここまで想定して私にこの服を着せたのだろうか? 若干仰々しい感じもするけど、可愛らしさと清楚さを兼ね合わせた……そーね、自分で言うのもなんだけど天使みたいな? お兄様はこんな格好の私と徒歩デートしたかったのかそっかそっかー、とか思ってたけど多分こっちが主目的っぽい。お兄様のお役に立ててるならいいんだけどね。
お兄様の挨拶にビビったお店の主さん達はみーんなお兄様の後ろに控えた私を見つけて嬉しそうに顔を綻ばせてさ。「可愛らしいお嬢さんですね」とか言うの。そんでお兄様が「こちらは《聖女》ソフィア様です。神殿では女神様のお言葉を――」とかやたらめったら畏まった言い方で持ち上げてくれてさ、私は最後に「どうぞよろしくお願い致しますね?」とか言うだけで信徒みたいに態度の改まっちゃった人達が揃って頭を下げて崇めてくんのよ。これなんて新興宗教?
訪ねて、挨拶して、去る。
これを数件繰り返しただけなのにね、最後の方とか店の外に見物人とか集まってんの。え、なにこれ意味わかんないとか思ってたらね、今度は神殿騎士団の正装っぽい格好で帯剣したカイルとカレンちゃんが私達の警備にやってきたりとかしててね、なんか色々状況が目まぐるしく変わって面白かった。その分めっちゃ疲れたけどね。
挨拶回りが終わって神殿に引き上げれば、入り口ではカイル達と同じく正装したミュラーが待っていて、神殿前に集まった人達に神殿の意義とかについて話したりするし。リンゼちゃんから時々助言を貰いながらだったけどね。
魔物による不安の解消がどうのとか。女神様の意思がなんちゃらとか。
神殿騎士団設立の経緯を全て知ってる私からすれば「超適当言ってるぅ〜」としか思えない内容でも、《剣姫》としての知名度も高いミュラーが威風堂々と語っていれば信頼度は抜群のようだ。神殿前に集まった人達は口々に「ミュラー様」「ソフィア様」と私たちを崇め、感謝の言葉を捧げながら波が引くように解散していった。短時間で信仰度が爆上がりしててマジで怖い……。
てかミュラーって意外とあーゆーの得意だよね。信者を作る自信に充ちた話し方みたいなやつ。
私もいつかはああいうこと出来るようにならないといけないのかなぁ……と思っていたら、私の不安を察したお兄様が「ソフィア」って優しい声を掛けてくれた。「初仕事はどうだった?」って。これまでのは全部お仕事だったらしい。
「挨拶回りじゃなかったんですか?」
「それも仕事の内だよ。ソフィアは仕事という言葉に苦手意識があるみたいだからね、やってみれば簡単だろう?」
「そうですね」
それに面倒そうなところを人に投げられるのが超最高。私ほぼお兄様にくっついてただけだからね。
神殿でのお仕事って何するのかなーってちょっぴり不安だったりもしたけど、これなら何も問題は起こらなそうかな。
まあお兄様が実務を管理してるんだから、最初から問題なんか何も起こるはずがなかったんだけどね!
「あれ、ちょっと待って?……もしかして私以外、お揃いの服!?お兄様もあれ着るんですよね!?」
「そうだね」
「私にも神殿騎士の服下さい!!」
「そう言うと思って、姉上が用意してくれてたみたいだよ。後であげるね」
「お姉様大好き!!!」




