帰りの馬車にて二人+1
卒業式は一応、卒業生の為のパーティーだからね。ミュラーの凶行もお兄様の顔に免じて一応は見逃してあげたの。もちろん後で追及するつもりは満々だったけどね。
でも家にまでついてくるのは予想外なんだわ。
あの……お兄様? ミュラーと一緒に居たのは私を驚かせる為のサプライズではなかったのですか?
女子生徒が卒業式で手を引いてもらった相手の家に、ってそれもう完全に婚約者向けの対応ですよね? カレンちゃんも筋肉なお父さんに見送られながらカイルと一緒に帰ったもんね? 私の認識、合っているよね?
つまりはなんだ。既にアネットを嫁にもらっているはずのお兄様に新たにミュラーという嫁が来るのか。ハーレム計画の第二歩目が私の知らないうちに踏み出されていたのか。
おかしいな。このハーレム計画、妄想の範疇から出した覚えないんだけど……。
「うーん。ううーん。うううーん……。ううう……?」
うむ、何度思い出してみてもやはりハーレム計画は私の妄想の中にしかない計画だ。実現したらいいなーと思ってはいたが、仮にその計画を推進したとして最終段階の「私がお兄様の嫁!」ってとこだけ失敗したら死にたくなるほど絶望すること必至だから、いまいち踏ん切りがつかなかった。故に妄想の定番として定着しつつも計画倒れにしていたはずだ。
……妄想してただけで勝手に叶うって、そんなことある? これももしかしたら私が無意識で使ってる魔法の類だったりするのかな?
どうせ叶うならこの計画のボトルネック、私とお兄様の結婚の方をどうにかして欲しい感が凄まじくするよね。
しかし残念ながら、私がしていた妄想においても私とお兄様の婚姻は物語の結末を飾る最終目標。
ミュラーとお兄様がくっつくのがその結末に到る為の前段階に過ぎないのだとしたら、二人の関係が進んだことを私は心から祝福するよ。だから私の結婚もはよはよはよーう!
「ねぇ。さっきから気になっていたのだけど……その手の動きはなんなの?」
「私にもお兄様から結婚の誘いが来ないかなーと思って。おまじない的な?」
「……貴方達、兄妹よね?」
「そうだよ?」
馬車に同乗しているミュラーから変な質問が飛んできた。
なお大事なことなので先に念を押しておくが、お兄様とミュラーの乗る馬車に私が同乗しているのではないか……などという無粋な推察はしないように。ソフィアちゃんとの約束だぞっ♪
――というわけで、改めて。
えー……それにしてもミュラーってたまに変なこと聞くよね。妹が兄を愛することがそんなに不思議なことだろうか?
ちょろっとしか関わりのない女性ですら惚れるお兄様と年中一緒にいるのが妹という存在なんだよ? そんなのもう全身の細胞、血液の一滴に至るまでお兄様にフォーリンラブしちゃうに決まってるよね。
そもそも家族でもない他人を心の底から愛せるとか、私からしたらそっちの方が余程理解できない感情である。
もちろん他人の気持ちがどの程度のものかなんてのは推し量る以外に方法が無いから、口先だけで「ロランド様のこと超愛してる!」とか言っているように感じる人がいたとしても、本人的には本気でそう信じている可能性自体は否定出来ないんだけど。少なくとも私以上にお兄様のことを愛している人はいないと確信を持って言える。断言出来る。
これは感情に限った話ではない、論理にも基づいた絶対的な確信だ。
だって私以上にお兄様のこと理解出来てる人がこの世にいる? いないでしょ?
私はお兄様の全てを理解した上で、それでも「愛している」と自信を持って言える。自分の理想をお兄様に押し付けようとする自己中女共とは愛の重みからして違うんだよねぇ。
それでもお母様かお姉様が相手だったら、悔しいけど一歩譲る可能性はあると思う。
私は生まれた時からお兄様と一緒だったが、あの二人はお兄様が生まれた時から一緒なのだ。お兄様の生誕の瞬間に立ち会えたという優越感は想像するだに難くない。嫉妬心だけで血の涙すらも流せそうだ。
だがしかし、あの二人はお兄様への愛を公言していない。家族としての愛を語ることはあっても、異性としての慕情を語ることは無い。そんな相手に私の愛情が負けるか? 否! 断じて否!! 愛しい人への愛すら語れない人に負ける道理なんてあるわけないよね!!!
つまりは強敵に成り得る二人は自らその立場をほうき放棄している。それ以外の有象無象なんて……ハッ! せめて十年以上お兄様と同棲してから愛を語って欲しいものですよねぇ!!
隣りに座るミュラーを見れば、普段の自信に溢れた姿はなりを潜め、微妙に居心地が悪そうにしている様子が見て取れる。
対面に座るお兄様を気にしつつも話し慣れた私へと注意を向けているその姿は、愛しい人を前にして緊張しているようにも見えることだろう。実際私の目から見ても今日のミュラーはいつもの三割くらいは可憐に見えないことも無い。珍しく大人しいからそう見えるだけかもしれないけどね。
だがしかぁし! お兄様には私という可愛さに特化した妹がいるのだ!! その程度のぶりっこでは最早お兄様には通用しないのだよ残念だったな!!
ちっこいという利点と欠点を併せ持った私の最大の特徴を活かせる魅せ方こそが「可愛さ」である。その分野で私に勝つことは不可能だと証明して見せてあげようではないか!!
「お兄様。ミュラーと私、どっちの方が可愛いですか?」
「ソフィアかな」
ほらぁ! ほらああぁぁ!! 不意打ちに近い質問でもこのレスポンス!! もはや私の勝利は確定的に明らか!!!
例えお兄様がどれほど女を増やそうと、お兄様の一番が私だって事実は永遠に変わることはないんだからねッ!!
「(ソフィアが必死すぎて怖い……)」
「ソフィアは本当に分かり易くて可愛いよね」




