恋する男女は進化した
風雲が急を告げた展開の後、みんなでもそもそと昼食を食べた。
そう、もそもそと、だ。楽しげな会話なんて一切なかった。
それもこれも、カイルが説明不足のままカレンちゃんの告白を受け入れたのが原因だと思う。
「…………」
「…………」
ちらっ、ちらっ、とカイルを気にするカレンちゃんがなんともいじらしい。
そんな姿を見ていると「ちゃんと相手してあげてよー!」と思いはするものの、私が文句を言ったせいで「じゃあやっぱりカレンと付き合うのやめるわ」なんて言われたらと思うと何も言えない。
今のカイルは何を考えているのか全く分からない怖さがある。
カイルの考えがここまで読めないのも、思えば久しぶりの事だった。
「……ねぇ、カレン。本当にカイルでいいの? 大事なことを勝手に決めちゃうこんな男で本当にいいの?」
女同士でコソコソと内緒話。
カレンちゃんの方から好きになって告白したとはいえ、一方的に今後の方針を決めるカイルのやり口は亭主関白の気配がヒシヒシと漂っている。取り下げるなら今のうちだよ? という意味で聞いてみたのだが、カレンちゃんにその意図が伝わることはなかったようだ。
「……え? もちろん、いいけど……。……私、あんなに真剣な顔したカイルくん、初めて見た。なんだかすごくドキドキしちゃった……」
そう語るカレンちゃんの横顔は、もう誰がどう見たって恋する乙女そのもので。
これが所謂「完堕ち」ってやつなんだろうなーと、私は荒んだ心の中でぺっぺと砂を吐いていた。うぉのれカイルめ、カレンちゃんの視線を独り占めにしてぇ……羨ましいヤツめ!
自分でけしかけておいてアレなんだけど、実際にカレンちゃんがカイルのものになったと思うと奪われた感が凄くてめっちゃシンドい。これがかの有名なNTRなのかな。こんな感情を性癖にしている人がいるかと思うと人の多様性を感じずにはいられないよね。
人の好みなんてどーでもいいけど、私はやっぱり好きな人には自分だけを見ていてもらいたいタイプかなって思う。
他人と触れ合って色んな笑顔を見せてくれる分には構わないんだけど、一番の笑顔だけは、必ず私に向けていて欲しいと願わずにはいられないんだ。
――と、私が私の想い人に想像を馳せていたのと同じように。
カレンちゃんはカレンちゃんの想い人に思いを馳せていたようで、気付けば食事の手も休めてカイルの話が塞き止められない勢いで押し寄せてきた。
「カイルくんって誰にでも優しいけど、それってすごいことだよね……。ソフィアは知ってる? カイルくんって休みの日に子供たちに剣を教えてることもあるんだって。私も一度見たことあるんだけど、とっても優しい顔をしててね。この人との子供が出来たら、私もあの中に混ざれるのかなって想像なんかもしちゃったりして……えへへ」
うん、カレンちゃんも大分冷静さを欠いてるみたい。これ本人が近くにいるの忘れてないかな?
後で我に返った時にそーとー恥ずかしい思いをするんじゃないかと思うんだけど、その時の対処は愛しのカイルくんにお願いしようか。赤裸々な妄想を全て妄想相手に聞かれてたと知ったカレンちゃんは、果たしてどれほど可愛らしい反応を見せてくれるのだろうね。
想像するだけでご飯が実によく進む!
今日の昼食もとっても美味しくて、ソフィアちゃんは大満足です!
「カレン、自覚してる? 今ね……すっごく幸せそうな顔してるよ?」
だらしない顔で妄想しているカレンちゃんがあまりにもかわいくて、ほっぺたをつんつくしながら指摘してみたら、カレンちゃんはますます締りのない顔になってにへにへしてた。この子どこまでかわいくなるんだ、まさか限界がないのか……? そんなことある?
「え? え、……えへ、えへへへ……。そ、そうかなぁ? 私、そんな顔してる……? えー……?」
「うん。もうね、すんごいよ」
だらしない顔選手権があったら優勝狙えるレベルだと思う。警戒心無さすぎ選手権でも相当いい線いくんじゃないかな。
こんなにかわいい顔をカイルなんかに晒してるなんて、これもう下手したら襲われても文句言えないんじゃないかな……なんて心配もしたのだけど、幸か不幸か、カイルはこっちなんか見向きもしないで黙々と食事を続けていた。いやいやおいおいマジかよこいつ。
「……真剣に考え事してるカイルくん、カッコイイよね?」
「そういうつもりで見てたわけじゃないからね?」
カレンちゃんに勘違いされては堪らない。私は即座に否定した。
でもまぁ……確かにね? 確かにカイルは、黙ってれば相当にイケてる部類であることは否定しないよ。
生意気な口さえ閉じれば残るのは整った容姿だけだし? これだけの雰囲気があれば誰だって目を奪われて……って、いやいや。だから別に見惚れてたわけじゃないんだからね?
ぐぬぬ。なんか悔しいな。
恋すると女の子は綺麗になるって言うけど、もしや男の子も恋するとカッコ良さが増したりとかするんだろうか。
カイルでこれだけ雰囲気が変わるのなら、お兄様が恋なんてしたその日には……その美貌で、世界が爆発し終わりを迎える……?
はわわわ、それはいけない! やはり過ぎたる美しさは罪だったんだよ! お兄様の妹として、私がその罪を受け入れなければ!!?
ちらりとでも男に心が動いた時、ソフィアは愛するお兄様を思い浮かべる。
その顔。その声。その優しさ。全てが彼女を支配する。
そして改めて思うのだ。――ああ、お兄様こそ唯一至高の御方なのだと。




