カレン視点:届かない、恋
分かってたことだ。こうなることはずっと前から分かっていたはずだ。
それでも、現実を目の当たりにした私は、涙を堪えることができなかった。
誰にでも優しいカイルくん。
でもそんな彼が、ただ一人の女の子の前では子供みたいにいつも感情をむき出しにしていた。
困った振りをしながらも、楽しそうで。文句を言いながらも、離れようとはしないで。
その特別さが、私にはとても羨ましいものに感じられた。
ずっと彼のことを見続けてきた。だから知ってる。ずっと前から、そうじゃないかなって思ってたんだ。
――カイルくんは、ソフィアちゃんが好き。
彼はいつもソフィアちゃんのことを見ていたから。
本人の口からその事実を告げられても、特に悲しい気持ちにはならなかった。ただ「ああ、やっぱりなぁ」と、納得の気持ちが広がっていくのを感じていた。
「落ちついたか?」
「うん……。迷惑かけて、ごめんね……」
「いや、迷惑っつーか……」
カイルくんはいま、困ったようにほっぺたを搔いているんだろうか。泣き腫らした顔を見られないように俯いていても、その姿が自然と浮かんだ。浮かぶくらいには、カイルくんの姿を見続けてきた。
そんな自分に気付いて、私は無性に恥ずかしくなった。これではまるでソフィアちゃんの言っていた「すとぉかー」みたいではないかと思ったのだ。
ソフィアちゃんによると、それは一方的に好きになった女の人を付け回す悪い男の人を指す言葉らしいのだけど、その説明を受けた私が最初に思ったことは「それくらい人に愛されたら幸せだろうなぁ」という肯定的な感情だった。
私は有名な武門の家に生まれたけれど、生まれながらに欠陥を持っていた。だからこんな私を好きになってくれる人なんて一生現れないと思っていた。
でも、違った。私の人生は閉ざされてなんかいなかった。
学院で出来たソフィアとカイル、ミュラーという友達が、私を生まれながらの呪縛から解き放ってくれた。
ソフィアは私の体質を治してくれた。ミュラーは私に武門の娘に相応しい力を与えてくれた。二人とも私の大切で大好きなお友達だ。
二人にはとても感謝してる。すっごくすっごく感謝してる。
でも、私が本当に、一番感謝しているのは……。
ちらりと顔を上げると、私を見ていたカイルくんと目が合った。思ったよりもずっと近くにあった瞳に固まっていると、カイルくんは「あ、わりぃ」と慌てて距離を取ってしまう。ああ……。
はううぅう……私ってどうしていつもこうなんだろう。
本当は私だって、ソフィアちゃんみたいに「私のかわいい顔に見蕩れてたの? なんならもっと近くで見てもいいんだよー?」とか、言ってみたいのに……。
で、でもでも、もしも私が本当にそんなことを言ったとしたら、カイルくんはどうするんだろう?
驚く? 心配する? そ、それとも、そ、ソフィアちゃんを揶揄う時みたいに、もっと顔を近づけられて……「え、かわいい……顔? ……どれ? どこ? わりぃ、本気で分かんねぇわ」なんて、隅々までつぶさに観察されて……ッ!
はわわ、はわわわ。や、やっぱり私には無理かも。私には刺激が強すぎるよぉ……っ!
勝手な想像で顔を赤くしていると、カイルくんは勘違いをしたのか「そうだよな、怒ってるよな。せっかく告白してくれたのに、俺は……」と見当違いの反省をしているみたいだった。
お、怒ってるなんて。私はそんな……。
「あ、あのね。私は怒ってなんて――」
「でもカレンに好かれてたことは素直に嬉しい」
「……はえ?」
……え? えっと……あれ? う、うそ。うそだぁ。
だってカイルくんは、ソフィアちゃんのこと……。
「正直カレンみたいなかわいい子に好かれて、悪い気はしないっていうか……なんで俺みたいのが、って思うけど。……うん、やべぇな。やっぱり顔がちょっと、にやけてくる……とまんないわこれ」
「あ……う……」
本当に……本当、に……私が好きでいたことを、喜んでくれるの? 私がカイルくんを好きでも、構わない……の?
ソフィアちゃんが私を応援するって言ってくれた時。嬉しいのと同じくらい不安だった。それは、カイルくんはソフィアちゃんのことが好きだと知ってたから。
もしかしたら、私の恋は……カイルくんを追い詰めることになるんじゃないかって。私がソフィアちゃんに相談したせいで、カイルくんが傷つくことになるんじゃないかって、ずっとずっと不安だった。
カイルくんは出来損ないの私の事なんか、絶対好きじゃないって思ってたから……だから……。
「あー……だからな。なんていうか……」
嬉しい。うれしいの。私はカイルくんを好きでいていいんだって、そんな気持ちが溢れてきて止まらない。
苦しかったこの気持ちが、溢れてきたこの気持ちが、次から次へと涙になって溢れてきて。全然、どうやっても止められなくて――。
「うう、ぅ……ひっく。か、カイルく……、う……、うぁあああん……」
「ええ……ッ!? ちょ、なんで泣いて……!?」
この涙はもう、流れ切るまで止まらない。そんなふうに思っていたのに――
バタァン!!
「おらぁカイルぅぅ!! なに泣かせてんだテメェおらー!!」
――部屋にソフィアちゃんが飛び込んできた途端、私の涙は驚いたみたいで引っ込んじゃった。
……やっぱりソフィアちゃんってすごいなぁ。なんというか、うん……すごいなぁ……。
こういう人が誰かの「特別」になるんだって、自然と納得しちゃうような。そんなすごい人が私のお友達でいてくれることを、とても素敵なことだなぁって思ったんだ。
「――ムムッ!?娘が私の助けを求めて泣いている気がする!!」
「はいはい、身体を動かしたくなったんですね?休憩時間になったら誰か相手をするよう手配しておきます」
「うおおおーッ!カレン!!筋肉だッ!!困った時には筋肉の力を信じるのだァーー!!」




