伸びきった鼻を折られた気分
「――という夢を見たんだ」
「……? 夢? ソフィアちゃん、あたま大丈夫なの……?」
ミュラーに一瞬で倒されて目が覚めた時、近くに人の気配があったのでついつい反射でボケてみたら、覗き込むように顔を近づけていたカレンちゃんに普通に頭の心配されてしまった。すぐに「大丈夫」と返せないあたり、色々と私はダメかもしれない。
そもそもボケてみたのだって、倒れた私の傍にいるのはカイルだって何故か思い込んでたせいだしね。
ここに居たのがカイルだったら、きっと「何言ってんだお前?」なんて残念な子を見るような目で見下してきてたと思う。そしたら私は「お約束ってやつだよ」と意味深に笑って、普通に起きるつもりだったんだ。
カイルなら私が倒れてても真面目に心配はしないだろうからね。
……いやまあ、カレンちゃんに「頭大丈夫?」って聞かれるのも、ある意味では心配されてないかもだけど。その上カイルに憎まれ口叩かれるよりも、目覚め効果は高かったかもだけど……!
とにかく。
私とミュラーの模擬戦はあっさりと終了した。誰が見ても文句なくミュラーの圧勝であったそうな。一瞬で落ちたんだもん、当然だよね。
なんかね、ミュラーが真っ直ぐ近づいてきたあの後、そのまま顎を打ち抜かれてたみたいよ。「視線を動かさないまま見てないところに攻撃できるのがミュラーの凄いところでね!」って興奮気味のカレンちゃんが捲し立てるように教えてくれた。
本人はミュラーの凄いところをただ語っているつもりなんだろうけど、敗北者である私としては自らの未熟さを羅列されてるみたいでちょっぴり気になるよーなならないよーな。
この場にネムちゃんがいたら「ソフィアって弱いね!」と痛恨の一撃をお見舞されてたかもしれない。
そういう意味では、私の介抱役がカレンちゃんだったのは良い事かもしれない。起き抜けに「頭大丈夫?」って言われた事件も、今では脳への障害を心配する言葉だって分かってるからね。ははは、はは……はあ。
……下手に魔法に長けてるせいで「私は強い」って意識が強かったけど、相手や戦い方によっては当然、負けることもあるんだよね。圧倒的な敗北を経験して、そんな当たり前のことを今更ながらに思い知らされた気がした。
「えっと、私どれくらい眠ってたの?」
周囲を確認しながら尋ねれば、カレンちゃんは「えーと」と愛らしく小首を傾げた。動作の一つ一つに付随して揺れ動く双丘が私の眼前にて存在感を主張している……。
「五分くらい、かな? そんなに時間は経ってないよ?」
「そっかー」
ほう、五分か。それなら目が覚めた直後に起きないで、あと十分くらいは狸寝入りしてても良かったかもしれないね。
カレンちゃんの膝枕にはそれだけの価値がある。
事実、カレンちゃんの膝の上で優しく頭を撫でられている私の姿を羨ましそうに見ている視線をいくつも感じる。優しくてぽわぽわしてるカレンちゃんはクラスの男子からも人気が高いのだ。
へっへー、いいだろー。羨ましいだろー。真似したかったらあんたらもミュラーに叩きのめされてくるといいと思うよ!
まあミュラーにボコボコにされたからってカレンちゃんが介抱してくれるとは限らないんだけどね。これは恐らく同性かつ親しい友人である私故に許された行為だと思う。あと私の見た目が多少幼いせいでもあるかな。
目が覚めた時、カレンちゃんってば私のこと「ソフィアちゃん」って呼んでたからね。いつもは普通に「ソフィア」って呼んでるのに。なんでだろうね、不思議ダネー。
まあ私とて心の中ではカレンちゃんのことを「カレンちゃん」と呼んでるから、特に不満に思うことでもないのだけど。カレンちゃんの呼び方からはそこはかとないバブみが感じられたというか……まるで小さい子を相手してる時みたいな雰囲気だったんだよね、なんとなくの印象でしかないんだけど。
とはいえ、誰かしらにちゃん付けで呼ばれる度に「子供じゃないんですけど!」って反発することほど子供っぽいこともない。私は自分の外見が幼く見えることを自覚している。
馬鹿にする意図がないのであれば、可愛がられるのくらいは許容する心の広さは持っているつもりだ。
「あ、そうだ。ミュラーはどうしてるの? 私のこと心配……は、してないかな?」
だってミュラーだもんなぁ、と苦笑いしながら聞いてみれば、カレンちゃんは答えづらそうに視線を逸らした。
「え、ええっと、ミュラーは今、ね……?」
なんだろうと疑問に思いその視線の先を辿ってみれば、先程まで私がミュラーと対峙していた場所で木剣を激しく打ち付け合う一組の男女の姿が見えた。
……いや、この表現には語弊があるな。訂正しよう。
そこでは、必死に防御に徹するカイルに笑いながら襲いかかるミュラーさんの姿があった。
「なになにどうしたの!? ソフィアがやられて怒ったの!? なんだ、やればできるじゃないの!!」
「なんも出来てないから手加減してくれ!!!」
ガガガガッ! ガガガッ! と木剣が削られるような音が何度も響く。
まるで容赦の見えないその連撃を目の当たりにして、私は早々にあの場からリタイアしたことを幸福に思うのだった。
ミュラーとまともに打ち合える程にカイルの腕前が上がったのは、愛するソフィアが倒されたから……なんて理由では勿論なくて。
ソフィアに魔力制御を習ったその日から「息子が変な特訓ばかりするようになった」と家族に呆れられるくらい愚直に訓練を続けた成果である。
要は「秘密の特訓して強くなる俺、カッコイイ」が思わぬタイミングでバレた結果に過ぎないのだった。




