潰すぅ!潰すのぉ!!
「ところで、前から気になっていたのだけど。ソフィアは本当に誰とも結婚するつもりは無いの?」
いつものたわいない会話に混じってそんな質問がミュラーから飛び出してきた。
聞いてきたのはミュラーだけど、この質問はその実、カレンちゃんのものではないかと睨んだ私が顔を向けると案の定。熱い視線で私を見つめていたカレンちゃんとばっちり目が合ったのだった。
「……っ、な、なに? どど、どーしたの?」
「いや別に」
挙動不審になったカレンちゃんを見てミュラーも溜め息を吐いているし、どうやらこれは確定っぽい。
僅かにカイルが緊張している様子も確認できたので、焦らすことなく素直に私の気持ちを答えてあげた。
「結婚ねー。今のところはするつもりないかな。やっぱりお兄様を見て育ったせいか、どんな人を見ても魅力的に感じないんだよね」
「ああ……。それはまあそうでしょうねぇ」
納得するように頷くミュラー。いやね、本当その一言に尽きるんだよね。
貴族の子女達の会話でよく挙げられる男のステータスはいくつかある。顔、金、家柄、性格。この四つがどれだけ良いかで男を見定めている女の子がこの学院にはとても多い。
成人年齢十五歳にして付き合う男を身体で選び、結婚する相手はそれ以外で選考するあたり、ここの女の子達は恐ろしい程に早熟だと思わざるを得ないものだが、それはそれとして。私のお兄様は顔、金、家柄、性格の四項目が文句なしのパーフェクトなのよね。
顔は言うまでもなく王子様ですら霞んじゃうくらいの美青年だし、金銭面でも既に各界の大人達に一目置かれるほどの有名人。それも今をときめくアネット商会の会頭さんを正妻に迎えてさえいる。現資産はそれほどではなくとも、お兄様の歳でこれ以上恵まれてる人なんてそうそういない。
家柄については一見イマイチっぽく見えるけれど、お母様から受け継いだ髪色が示すとおり、大公爵家の血筋は家柄としても申し分ない。お兄様自身の能力も高くて将来メルクリス家の当主に君臨すればすぐに陞爵されることは目に見えている。性格? それこそわざわざ論ずる必要も無いことだろう。
このように、何処からどのような観点で見ても最高としか言えない男性がお兄様なのだ。私はそんなお兄様を見ながら育ったのだ。男という生き物が「お兄様とそれ以下」に区分されるのも当然至極。これは世の男性の怠慢とさえ言えるだろうね。
故に私はお兄様以外の男性との結婚は考えられない――というようなことをつらつらと考えていたら、どうやらいつの間にか閉め忘れた口から考えてる内容が漏れてたらしい。呆れたミュラーから「もういいから」と止められてしまった。まだまだ語り足りないのだけど……。
「ソフィアは本当に、お兄さんが大好きなんだね……」
「当然!」
何を当たり前のことを、と自信満々に肯定すれば、隣に座ったカイルが「異常だよなぁ」なんて言ってきたので、容赦なく足を踏み抜きにいった。
その攻撃は惜しくも避けられてしまったのだが、不満を示すように睨みつけてやれば、観念したカイルが「悪い悪い」と軽い調子で謝ってきた。その様子に溜飲を一回は下げたものの、続く「ソフィアは異常なんじゃなくて、初恋を面倒な感じに拗らせてるだけなんだよな」との言葉に、再度魔法で強化した攻勢を……ってコラー! だから避けんなこのクソカイルがぁ!!!
「ふんっ! ふんっ!」
逃げるカイルの足を甲を執拗に狙うが、床を壊す訳にはいかない私はどうしたって最後には速度を緩めざるを得ない。その減速のタイミングでするりとカイルの足に逃げられてしまう。
あーー!! ムカつく!!
何がムカつくって、魔法で足固定してやろうとしてるのに抵抗されて上手くいかないのが何よりムカつく!! ゴキブリみたいに逃げてんじゃねぇ! 大人しく私に潰されてろこらぁ!!
「おお、どうしたソフィア。そんなに必死になって何やってんだ? ああ魔法の訓練してくれてんのか、ありがとうな?」
ああああ!! うっざ! 超うっざ!! こいつ私の神経逆撫でする天才かなぁ!?
大人しく! 足を! 踏ませろっての!!
ズガン! ズガン! と、段々容赦のなくなっていく勢いにミュラーからの苦言が入る。
だがしかし、ここでやめることは私の敗北を意味することだ。
この私が、カイル程度に負けるだと? そんなことは断じて許されてはならないッッ!!
「……随分と魔力の扱いが上手くなったみたいだけど、慢心してると怪我するかもよ?」
「へぇ、どうやって? あっ、もしかして魔法で足の長さでも伸ばすのか? それなら確かに危ないかもなぁ」
……潰す!! コイツもう絶対潰すぅ! ぺちゃんこにしてやらないと私の気が済まねーぞオラァ!!!
その余裕ぶっこいたニヤけ面を涙目にしてやらぁ!! とふくらはぎを後ろから刈り取るつもりで禁断の蹴り技を繰り出せば、その攻撃をギリギリで察知したカイルは勢いよく膝を伸ばしてその攻撃を避け――その足の先で、油断しまくってたミュラーの膝小僧を思いっきり強打した。
「いたぁっ!?」
「「あっ……」」
ガンッ! と跳ねた机が痛々しい音を響かせる。
辛うじて転倒を免れた食器達が、まるで場面の切り替わりを伝える間奏のように、複雑な音を奏でながら静まり返った食堂を支配していた。
「……ちょっと、あんた達ね」
「「はい」」
真似すんなよ、そっちこそ、と小声で言い合う私達はミュラーのひと睨みで黙らされた。背筋に走ったこの悪寒を、きっとカイルも感じてると思う。
「そんなに元気がありあまってるなら、後で私と模擬戦しましょう。よろしくね?」
「「えっ……」」
……今なんか、聞きなれた言葉に不穏な意図が込められてなかった? ……聞き間違いかな?
「……ミュラーの殺気、すごいね……!私もああいうの、できるようになりたい……!」
「それじゃあまずは、ソフィアに怒るところから始めましょうか(にっこり)」




