卒業式が近づくということ
唯ちゃんとちょっぴり距離が出来てしまったことを感じている間も、日々は何事もなく過ぎてゆく。
……まあ「何事もなく」と言えるかどうかは、感じる人の判断に委ねる部分はあるかもだけど。
とにかく、私達は現在学院の最高学年で、それはつまり今年の終わりにはみんなが成人を迎えることを意味している。
成人。大人。
守られるだけの子供から、人々への奉仕を役割とする貴族へと、子供たちは進化してゆく。
幼い頃からその成長を見てきたカイルが、遂に社会の歯車に……なんてババくさい感慨を抱いたりもするけど、年頃の女の子達にとっての成人は単に社会への役割を得るだけではない。人生で一番の転換期と言っても過言ではない、また別の意味合いを持つ。それは――
「だからね、私の統計によれば学院の卒業式までに婚約が決まってなかった人がその後の人生で結婚する可能性は三割弱なの。この数字が何を意味しているか分かる? 女の子に生まれたなら分かるわよね? 今が最後の勝負時ってことよ!! 卒業を一月後に控えた今は最後の追い込み! 相手が決まってるからって油断してちゃダメ!! 二年前に卒業したルチカ先輩なんて『君を生涯愛し抜く自信がなくなってしまった』なんて言って振られたのよ!? 卒業式の前日にそんなこと言われて、しかもその相手が当日には仲の良かった後輩のエスコートなんてしてたらどうなると思う!? 来賓含めた出席者全員に至る所で噂されて一生の汚点になってしまうのよ! そんなのって許せないでしょう!!? 後悔しない為にはね、一度食らいついたら二度と離さないくらいの覚悟が必要なのよー!!」
――えー、なにやら吼えてる方がいらっしゃいますが。
要はそういうことらしい。
卒業式は、女子的には人生を左右する一大イベントだということだね。もちろん男子にとっても重要な行事であることはわざわざ言うまでもないことだけどね。
それにしても熱量がすんごいよね。まあ言いたいことは分かるんだけどさ。
昼の休みに入った途端、何を思ったか人の注目を集めだし、教室に残る女子達に向かって声を張り上げたる彼女はアニエス嬢。我らの愛すべき友人Aが教壇に立ち、魂揺さぶる熱い演説を繰り広げているのは、偏に不幸になる女子を一人でも減らすべく――なんて崇高な目的ではもちろん無くて。
ただ単に奥手な女子を煽って恋バナラストスパートに花を咲かせたいだけだと思う。あの子って面白そうなことにはとりあえず首突っ込んじゃう性格だからさ、きっとほとんどの人の相手が決まって落ち着いちゃったこの教室の雰囲気が気に入らないんだろうね。実に迷惑な性格してると思う。
普通に考えたら「人の心配してないで自分の心配してなさいよ」で済む話なんだけど、でも自分の欲望にどこまでも邁進するその姿勢、私は好きだよ。みんながどう思うかは知らないけどね。
「あんたまだその話気にしてたの? ルチカ先輩ってその不幸話をネタにして一時期社交界で話題になってた人でしょ。めちゃくちゃ求婚されてて羨ましい〜って言ってたのあんたじゃないの、忘れたわけじゃないでしょうに」
「それでも卒業式のエスコートは人生で一度きりじゃない!! 私はルチカ先輩から直接聞いたのよ。『卒業式さえ綺麗な形で迎えられていたら、私の人生は完璧だったのに……』って! 私はみんなに、そんな後悔をして欲しくないの!」
感情豊かに訴える彼女の姿を見た教室の反応はそれぞれだ。
話は終わったとばかりに友人との会話に興じる者。「流石はルチカ先輩」と謎の感動を示す者。さっさと教室を出ていく者。退屈そうに話の続きを求める者。
普段から人を唆して遊んでいる彼女の人柄をみんなはとてもよく理解している。
中でも彼女を知る者ほど「で、本音は?」と続く本題があることを確信した目をしているように見える。信頼関係で結ばれてるって素敵な事だね。
「ふーん、それで? それを私達に聞かせて何させたいの?」
「乱行しない?」
その言葉を聞いた途端、私は風よりも速く教室から抜け出した。
何を言い出したんだろ、なんて最後まで聞いてて損した。廊下でぶつかりそうになったお隣のクラスの男子よ、文句はアホなこと言い出したうちのクラスの痴女に頼む。
追っ手が掛かっていないことを確認して食堂に逃げ込めば、特に間を置くことも無くいつもの面子が揃っていた。公序良俗を無視したとち狂った提案に興味を示した人物は私の親しい友人たちの中にはいなかったらしい。まあ当たり前よね。
「ソフィアの逃げ足、凄かったわね」
「うん。私もまだまだ鍛えないと……!」
謎の対抗心を燃やされているが、そんな会話が今はやけに安心する。それもこれも色に狂ったこの世界が悪い。
というのも、ここ最近、あのようなハレンチな会話が学院のいたるところで増えているのだ。信じ難いことだが、ここでは私達こそが少数派。マイノリティな存在なのである。
「あーゆー話、ホント勘弁して欲しいわよね。彼女たちが必死になるのも分かるんだけど……」
「あそこまであけすけだと……ちょっと恥ずかしい、よね……」
ミュラーとカレンちゃんが僅かに頬を染め、私とカイルは示し合わせたように終始無言。
こんな光景が、今の私たちの日常である。もはやこういう会話にも慣れてしまった……。
「急に何を始めたのかと思ったら。もしかしてソフィアをからかう為だったの?いい加減嫌われるわよ?」
「大丈夫、もう結構嫌われてると思う!はっはっは!」
「……言っておくけど、仲を取り持ったりはしないからね?」
「そんなぁ!?」




