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心が死んじゃうからやめてください!!


 ソフィア・メルクリスという人物は、もはや異常とも言える程度にお菓子が大々大好きである。


 しかし自分では「精々大好きってくらいだよね」と思っていた。


 ――そう。今この時、この瞬間を迎えるまでは。


「それではこちらの十七点の品、預からせて頂きますね」


「…………お願いします」


 断腸の思いとはこのことか。


 アネット商会でお菓子を量産する為には、まずお菓子の作り方を調べなければならない。その為には、手元のお菓子を手放さなければならない。


 分かってはいるんだ。あらかじめ分かっていたはずだ。

 なのに大量のお菓子が私の手元から離れていくのを目の当たりにすると、こう……寂寥感っていうのかな。心にポッカリと穴が空いたように感じちゃうのよね。


 この悲しさはもう別のお菓子で埋めるしかない。



 ――というわけで、お菓子を作ることにした。


 折角だから唯ちゃんも一緒にどうかと誘ったのだけど、そちらは丁重に断られてしまった。唯ちゃんに断られたことでお菓子作りの気力が一気に失われた私は、屋敷の料理人に数種類のお菓子の要求だけをして自身は不貞寝をすることにした。寂しさがオーブンで爆発しちゃうぅ。


「つらたん」


 はーつら。あー、つらい。唯ちゃんとの関係改善が中々うまくいかない。まぁうまくいく要素もないのだけど。


 今までお菓子で関心を買っていたのが悪かったのだろうか。もしも私が唯ちゃんの立場だったとしたら、食べ物で釣ってくる相手なんて間違いなく軽く見るし、自分も軽く見られてるんだろうなーって思う。お菓子をくれなくなったら「もう相手しなくていいのかな?」って考えるのも自然なことよね。


 ……いやこれ、自然かな? あんまり自然じゃない気もするかな?


 異世界の神様という唯ちゃんの立場や、私との関係性というだけでも大分特殊な状況なのに、お母様に「正気ですか」と頭の心配をされるような私の思考を唯ちゃんに当て嵌めるのがそもそも無理があったように思う。唯ちゃんって私と違っていい子だから、たとえ嫌いな相手からでもお菓子くらいは受け取るかもしれない。


 ……いや、この方向性で考えるのはやめておこうか。


 実は唯ちゃんにめちゃくちゃ嫌われてるんじゃ? とか、少し考えただけでも呼吸が苦しくなるくらいに悲しくなっちゃったからね。控え目な結論でも生きてるのが申し訳ない気分になっちゃう気がする。


 クソガキ相手ならいくら嫌われたって構わないんだけど、唯ちゃんはなぁ……。


 一生愛でたい美少女天使ちゃんにはいつまででも笑顔を向けられる存在で在りたいと思う。その為に必要なものは、やはり……うん、金かな。唯ちゃん貯金とかするべきかしら。


 唯ちゃんがこの世界で暮らす未来について思いを馳せていると、部屋の扉がノックの音を奏でた後にひとりでに開いた。年頃の女の子の寝室へと繋がる扉をこんなに気軽に開けて出入りしちゃうのは、私の知る限りではリンゼちゃんくらいのものである。


 前から思ってたけど、リンゼちゃんのメイドに対する認識っておかしいよね。それとも私が舐められてるだけかな?


 まぁ両方というのが正解だろうね。

 リンゼちゃん、私がアホなこというとめっちゃ冷ややかな視線で見下してくるからね。私に仕えてる意識とか皆無だと思う。


「ソフィア、いる?」


「いると思ってたならその対応はおかしいよね」


 ベッドに突っ伏したまま答えると、リンゼちゃんは「そう」と淡白な反応で返してくれた。


 てっきりいつものように無視されるものとばかり思っていたから、返事があったことに正直びっくりしている自分がいます。


「パンケーキを持って行くよう頼まれたから来たのだけど、必要なかったみたいね。邪魔をしたわ」


「ごめんなさい待ってください」


 ガバリと起き上がって魔法を発動すると、廊下には確かにパンケーキが用意されてた。飲み物は私の好んで飲むロイヤルミルクティーの準備がしてある。相変わらず完璧な仕事やないかーい。


「元気の無いソフィアを心配して急いで作ってくれたというのに、その真心を否定するだなんて。本当にソフィアには失望したわ。唯が嫌うのも当然の悪辣さよね」


「ぐふおぉ……っ」


 え、待って、本当に待って?? なんで私こんなに責められてんの?


 ていうか、唯ちゃんが私のこと嫌ってるって、え? ええ……??


 やばい。言葉のナイフが最強すぎて心が出血過多なんですが。むしろ失血過多でご臨終しそう。致命傷かな?


「な……、え……? …………ぇえー?」


 悲しすぎて人語すら話せない状態になってたら、そんな私を見たリンゼちゃんが不思議そうに首を傾げた。


「……もちろん、冗談よ? どうしたの、いつもみたいに突っかかって来ないの?」


「な……? は、はぁ……!? 冗談って……はぁああーー!??」


 分かりづらすぎるんじゃボケェ!! 冗談ヘタクソか!! 一瞬人生やり直すことすら考えちゃったわ!!?!


 あー、でも冗談で良かった。本当にもう、なんて心臓に悪い嘘を吐くんだ……。


 ベッドに倒れ込みながら特大級の安堵の溜め息をついていると、リンゼちゃんはおやつの準備を始めながら、珍しく労わるような声を出した。


「それだけ元気があるなら大丈夫そうね」


「元気って……あ」


 もしかして、リンゼちゃんなりに私を元気づけてくれようとした、とか……?


 そうだとしたら嬉しいなと思ったのだけど、弄りながら確認したら「相変わらず妄想が好きみたいね」って馬鹿にされた。


 うちのメイドさんはメイドとしての自覚が足りないと思う。


「もしかしてリンゼちゃん、私のこと心配してくれたのー?もー、可愛いところあるんだからー!」

「私がそんなことをすると思うの?」

「またまたぁ。照れ屋さんなんだからぁ!」

「……相変わらず妄想が好きみたいね」

面倒なお願いを聞いてしまったものだと、幼いメイドはほんの少しだけ後悔した。

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