大人も子供も入れ食い状態
学院で珍しいお菓子の話を出した。
その時点でネムちゃんが釣れることは想像がついていたけれど、まさかシャルマさんまで興味を示すとは思わなかった。
友人達と共に昼食をとる為、いつものようにヘレナさんの研究室へと移動した私は、そこでお菓子の供出を強く希望されていた。
「さあ、出して! ソフィアが褒めるスゴいお菓子を出ーしーてー!!」
「差し支えなければ私にも味見をさせて頂けないでしょうか? 舌の肥えてらっしゃるソフィア様がそれほど夢中になられるお菓子……。とても興味を引かれます」
……元々の在庫も少なかったし、そろそろ残りは取っておいて大事に食べようと思ってたんだけどね。シャルマさんにまで求められたら出さない訳にはいかないじゃないか。
彼女が日本製スイーツに関する知識を得ることはそのままシャルマさん製お菓子の品質が上がることに繋がる。アネットの商会に流すのと同じくらいの意義が見込める投資先なのだ、頼まれなくたって食べて欲しいくらいである。
しかし困ったことに、この場にお菓子大好きなネムちゃんがいるのだ。
日本から持ち込んだお菓子には限りがある。シャルマさんの研究用に出したお菓子までお得意の駄々っ子ムーブで奪われてしまっては堪らない。
何を出せばどのようなタイミングで出せば、ネムちゃんの目を掻い潜りつつシャルマさんのみに研究に適したお菓子を渡せるのだろうか。それが何よりも悩ましい。
いっそシャルマさん周辺の空間だけ魔法で隠してしまうことも考えたが、お菓子が関わった時のネムちゃんの嗅覚は案外鋭い。ここは変に隠そうとするよりも、正攻法で「これはシャルマさんの分だから手を出しちゃダメだよ」と素直に頼んだ方が良いかもしれない。
……いや、ダメだな。ヨダレを垂れ流すネムちゃんの視線に耐え切れなかったシャルマさんが折れる姿しか想像できない。ここはお茶を濁してまた機会を改めるのが正解だろうね。
というわけで、類似品の在庫が豊富にあるバーベキュー味のスナック菓子を提供してみた。
この世界には存在しない文字や絵、デフォルメキャラクター等が印刷された袋をバリバリバリッと三種類ほど開けると、部屋には食欲をそそる香りが広がった。科学的に作られたその香りに皆が反応を示す中――ただ一人だけ、内容物ではなく、その袋に興味を示す人がいた。この部屋の主であるヘレナさんだ。
「ちょっとソフィアちゃん? コレは何? なんなのこれ? 金属……アルミ……? いや、でもこの薄さは……。……なんなの、これは!?」
ポテチを犬食いするのかと思うほどに顔を寄せたヘレナさんが、ぐわっ! と私の顔を振り仰ぐ。その勢いで中身がぶちまけられそうになったポテチを魔法でそっと救出しつつ、なんとかそれっぽい言い訳を捻り出した。
「神の国の技術です」
「はあ??」
わあ、ヘレナさんめっちゃ怒ってるぅ。でも別に完全に嘘って訳でも無いんですよ?
だってそれ、事実(創造)神様の(祖)国の技術で作られてるからね。ソフィアちゃんは嘘なんてつきませんよ? ただ隠し事が人よりもちょぴっと多いだけだからね!
「こんなに薄くて軽くて、なのに色鮮やかな絵まで刻まれている物は見たことがないわ。これだけの匂いを封じこめていたということは密閉されていたのよね? ……どうやって? これはお菓子を保存する為の魔道具なの? ソフィアちゃんは何処からこんな物を手に入れて来るの?」
わあい、昼食前のおやつタイムが尋問タイムに変わっちゃったぞう。勢いに押されてネムちゃんまで黙らせちゃうとか凄いっすね、びっくりしたわー。
最近どんな魔法を見せても「だってソフィアだし」で済まされるからこれもイケるかと思ったんだけど、ヘレナさんには刺激が強かったかな。なまじ知識がある分、ある意味ヘレナさんこそが一番私の異常さを理解しているのかもしれないね。
「食べ終わったら一つあげましょうか?」
「ホント!? 本当に!? 言ったわね!! もう取り消せないわよ、本当に良いのね!!?」
軽い気持ちで言ったら提案したこっちが引くくらいの勢いで興奮しちゃった。食い付きヤバくね? これってまさかお母様案件だったりするのかしら。
反応が良すぎて「やっぱりお母様に確認してからにします」と言いたくなったけど、本当にお母様案件だった場合、叱られるのは私だ。それもここ最近の勘違いによる自爆劇の鬱憤を上乗せした八つ当たりお説教モードに進化する可能性まである。お母様のほとぼりが冷めるまでは極力叱られる機会は作りたくない。
となれば、最適解は一つ。
「ただお母様にバレると叱られるかもしれないので、お母様には内緒でお願いしますね?」
「そのくらいなんてことないわ! 任せてちょうだい!!」
欲望に正直な人っていいよね。扱いやすい上に信頼出来る。
困った顔をしているシャルマさんにも視線でお願いすると、諦めたような吐息と共に受け入れてくれた。ご迷惑をおかけしてすみませんね。
「んーっ! おいひぃ!」
「ウマいなこれ」
っと、ヘレナさんと話してる間に既に二人ほど食べ始めてたみたいだ。そうでしょうそうでしょう、日本のお菓子は美味しいでしょう。
でもね、それ一人一袋のつもりで出してないんだよね。てゆーか食べカスがすごいな、ネムちゃんのスカートが悲惨な事に……。
まぁ美味しいものに夢中になる気持ちはよく分かる。
今は無粋なことは忘れて、楽しい空気をとくと楽しむことにしましょうかね。
「ソフィアといるとお菓子ばっかり食べてる気分になるわよね」
「あはは……」
嗅ぎ慣れないバーベキューの香りは女子にはあまりウケなかったようです。




