とてつもない誤解があったらしい
お母様の恥ずかし……ゴホン。面白……でもなくて。
若かりし頃の魅力溢れるお母様の姿をたっぷりと聞かせてもらってから数日後。更に言うなら、その話をネタにお母様をからかいまくって遊び倒した日から翌々日の朝食の時間。
私はなんとも奇妙な事態に陥っていた。
「もちろん、本意では決して無いのですが……。ソフィアが私の過去に興味があるというのなら、それを話すことも吝かではありません」
――これは、誰だ? このお母様の皮を被った偽物は誰なんだろう?
アイラさんから興味深い話をたっくさん聞いて、お母様を辱めて遊んだ。照れながら怒ろうとするお母様を更なる恥辱の沼に叩き落とした。
「あ、これ以上やったら爆発するな」と感じる一歩手前になるまで弄んだ後、報復を恐れて丸一日は逃げ回った。昨夜の夕食の時など魔法を使って極力気配を消してたくらいだ。無駄だったけど。
とにかく、確実にお母様の恨みを買ったであろう私はこの朝食を恐れてさえいた。日を開けたことで冷静さを取り戻したお母様が私にどれだけ苛烈な報復行為を行うのかと、それを想像するだけで身体は恐れに震え戦き、心は被虐の予感を抱いていた。
――だと言うのに!!
いつ叱られるのかと緊張しまくっていた私の名を呼ぶ声は、いつもの厳格さ全くと言って良いほど感じられず。それどころか慣れない気遣い方に戸惑う様子さえ感じられた。
――怖い。普通に叱られるよりもよっぽど怖い。
こんなやり方でくるとは欠片も予想していなかったからだろうか? ろくな覚悟もないままに相手の術中へと迷い込まされてしまった私は、さながら蜘蛛の巣に捕らわれた蝶のように、これからゆっくりと捕食されてしまうのだろう。
食事の味も、香りも、全てが喪われてしまった世界の中で。
私の心音とお母様の声の二つだけが、やけに大きく響いて聞こえた。
「ですから、……その。…………ソフィアの元気が無いと私達まで調子が狂います。早くいつものように……いえ、迷惑を掛けて欲しいと言っているわけでは無いのですが……」
私がいつものようにしてるとお母様に迷惑が掛かるとでも?
案外否定出来ない気もするけど、そこはもっとビシッと「笑ってるあなたが一番魅力的で素敵ですよ」くらい言って欲しかった。嘘です、今でもちょっと悪寒がキてます。
……なんだろうこれ。なんなんだろう、この流れ。
私の直感が現在進行形で恐ろしい事態が推移している可能性を示唆している。照れながら何故か私を元気づけようとしてくれてるお母様めっちゃかわええ〜、なんて思っている場合ではなさそうだった。
お母様の心音、脈拍、発汗等を探る限り、これが私を謀る為の真っ赤な嘘……というわけではないらしい。
となると、なんだ? 他にはどんな可能性がある??
食堂にいる他の面々が企んだこと……でも、無さそうな感じ。そうなると、残る可能性は……。
「お気遣いありがとうございます。……そんなに元気が無いように見えましたか?」
とりあえずお母様の調子に合わせながら様子を探ってみようかなと。
私だって唯ちゃんにつられて自分の元気が控えめになってることくらい自覚してたけど、そんなのせいぜい帰って来てから数日くらいのことじゃないかな?
正直なところ、唯ちゃんへの罪悪感や同情心よりも自分の宙に浮いた復讐心の方がよっぽど比重が重かったと思う。私の元気が無いように見えたのだとしたら、それはきっと、この返す相手の居なくなってしまった恨み辛みを「誰に」「どうやって」返却するのが適切なのか、それを思い悩んでいたからじゃないだろうか。
……そう予測していたのだけど、真実はもっと簡単で――しかしどうしようもないほどの合理性を持っていたのだった。
「ええ、それはもう。リンゼ様からも聞いていますよ。ソフィアはある日を境に、これまで毎日食べていた間食を一切要求しなくなったと。そしてその日は、唯様が塞ぎ込んでしまわれた日と同日だったと……」
――お母様は珍しいことに、優しい笑顔を浮かべていた。
その顔は母としての精一杯の愛情を示そうとしてくれていることが伝わってくる。だが――果たしてお母様が真実を知った時、その愛情はどのように変化するのだろうか。私にはとんと想像がつかない。……想像なんて、したくもないぃ。
ええ、ええ。そりゃ間食の要求なんてする訳ないよ。
だって厨房で作られるお菓子よりも遥かに美味しいコンビニスイーツの数々達が、私に食べられるのを今か今かと待ってたんだからね。
シュークリーム、チーズケーキ、プリンにタルトにエクレアクレープミルフィーユ。
やめられないとめられないでお馴染みのスナック菓子にきっと勝っちゃうチョコレートとか、何故私のお腹には容量限界があるのだろうかと悩ましく思う程の量のお菓子が私のアイテムボックスには詰まってたんだからね。
袋をビリッと破けばお皿なんかいらないし、この世界には存在しない素材で出来たゴミとかアイテムボックス以外に捨てるわけもない。
私がコンビニスイーツを食べてた痕跡なんて何一つ残らないのは当然だよね♪
「…………あ、あはは」
……やばい。ホントにホントにどうしよう。
これだけ心配掛けて「新しいお菓子が手に入ったのでそっち食べてました! てへぺろっ!」で許される? あるわけないよね。
お母様の勝手な勘違いとはいえ、この空気……。
アイラさんの生暖かい視線も痛いし、お母様の眼差しなんて見ることも出来ない。
私、ここ最近で今が一番元気無いと思うなー……。
秘密のオヤツを独り占めしてたら心配されてた。
「なんでこんなに心配されてるんだろ……?」と違和感を覚えて始めていたソフィアさん、圧倒的納得。




