家族の愛情
お父様は黙っていればイケメンだけど喋ると残念なイケメンになる。それは私達姉兄妹にとってもはや共通の認識だと思う。
私から言わせてもらえれば、黙ってても目線や動き、思考等が既に残念成分を豊富に含んでいるが為に「黙って突っ立って何もしていない時に限り」イケメンであると注釈を付けたくなるのだけれど、イケメンの定義は人によって様々だからね。お父様もそれなりに顔が整っているとはいえ、お兄様と比べたら全人類がイケてないメンズに分類されてしまうだろうし。人には相応の立ち位置というものがあると思うの。
まぁお兄様は色々と超越してしまっているから、そもそも人と比べること自体が失礼にあたるとは思うんだけどね。どこぞの神様よりよっぽど神々しくて麗しくて優しくて完璧で優秀な……うん、喩えて言うなら人類の完成系みたいなお人だし。いやこれ喩えになってないな。お兄様は紛うことなき人類が目指すべき頂点だったわ。
その人類の至宝たるお兄様をこの世に生み出すきっかけを作ったお父様はそれだけで価値があるとはいえ……仮にもお兄様のお父様なのだから、もー少し品性というか、気品というかね。そーゆーのがあってもいいんじゃないかなーとは思うんだよね。
お父様も貴族家の当主であるならお兄様の紳士さを見習ってみてはいかがでしょうか。
その顔にお兄様の社交術が加われば、結構いい線いけるんじゃないかと思うんだけどな。
「ソフィアは旅行が好きだろう? だからいい息抜きになるんじゃないかと思ったんだ。勉強も頑張ってるようだし、ほら、前に会った騎士を覚えてないか? アイツがいい店を紹介してくれるって言ってくれててな――」
一度きっぱりと断られたのに引き下がらないその根性は認めよう。
でもね、それが通じるのって「ただしイケメンに限る」ってやつだから。誰にでも通じるなんて思わないで欲しいのよね。
お父様は確かにイケメンではあるけど、私にとっては傍にいられても嬉しくないタイプのイケメンだからね。他の女性にとってどうかしらないけど私にその攻略法は間違いなの。ウザさ増し増しに感じられて逆効果でーす。
「どうせなら唯ちゃん達と一緒に旅行へ行く許可を出してくれた方が嬉しいんですが」
なので私なりの解決策として、私にも利のある要望を出してみたら、お父様は途端に難しそうな顔になってしまった。別にお父様と旅行したくないってわけでもないんだけど……いや、やっぱりお父様と行くのは嫌かもしれない。前回のことを思い出したらお尻がもぞもぞしてきた気がする……。
「唯ちゃんというと……あの方か。……あー、一応聞くが、『達』というのは具体的には誰のことを指しているんだ?」
「リンゼちゃんですね」
あとアネットとかと一緒でも楽しそうかな。唯ちゃんとの仲良し度を重視するなら他のメイドを誘うのもアリかもしれない。
なんならいっそのこと、使用人全員を連れての団体旅行なんてのはどうだろうか?
普段屋敷の為に頑張ってくれてる皆を労いつつ唯ちゃんの心を癒す旅。私が必要なさそうという点を除けば中々良い案に思えてくるよね。
なんにせよ、お父様かお母様の許可が得られなければ全ては妄想の域を出ないのだけど。
お父様も話を掘り下げたりして検討してる雰囲気を出してはいる。出してはいるけど……これは多分、ダメな時の話し方なんだよなぁ。
「……念の為に聞いていいか? ソフィアはもしかして、俺の誘いを断る為に到底無理なお願いをしてたり……いや、やっぱり聞きたくない! ソフィアが俺を嫌ってるなんて、そんな言葉は聞きたくないぞ!!」
唐突にブンブンと頭を振り始めたお父様。
急に被害妄想を吐いたと思ったら、耳を塞いで、大声で叫び始めて……はああ。
こんな子供みたいな人が父親かと思うと頭が痛い。「現在進行形で好感度は下がってますね」と教えてあげたらどんな反応をするんだろうか、少なくとも後ほどお母様から苦言を呈されるのは確実だと思う。
「落ち着いてください、お父様」
ていうか、唯ちゃん達連れ出すのって到底無理なお願いなの? その辺からして私には理解が出来ない。別に子供だけで旅行がしたいって言ってるわけでもないんだけどな?
お仕事が大変らしいお兄様も一緒に旅行に行けたらお兄様の休息にもなるだろうし、何より私が超嬉しい。それに加えて唯ちゃんの気分転換にもなれば一石三鳥で最高だなとか、その程度にしか考えてなかったんだけど。何か問題でもあっただろうか。
W神様を連れ出すと王家から文句を言われるとか? あー、文句と言うならそれ以前に、お母様からのクレームが凄そうかも。私と神様二人をまとめて目の届かない所へ送るのなんて、お母様が許可してくれるとは思えないね。
なるほど無茶だ。我が家の決定権は結局のところ、全てお母様が握っている。お母様の許可がおりない旅行なんて出来るわけがなかったんだね。
「お誘いは嬉しいのですが、今は唯ちゃんに寄り添う方を優先したいと思います。彼女が元気を無くした理由には私も関与していることですし……」
関与どころか原因だけどね。父親の命を諦めさせた張本人と言っても過言ではない。
今の唯ちゃんにとって、私はどういう存在に見えているのだろうか。私に彼女を慰める権利はあるのだろうか。
悩みは尽きない。けれど、それでも確かなことがある。それは――。
「そうか。いや、それならいいんだ。……本音を言えば、俺にももっと寄り添って欲しいんだけどな?」
こんなことを言っちゃう父親でも、愛情を向けてくれることに喜んでいる私がいる。この幸福を唯ちゃんにも感じて欲しいと、私は心から願っているんだ。
「お父様が『唯ちゃん』って言うと、なんだかすごく変態っぽいな……。他意が無いと分かってはいるんだけどね」




