捜索の打ち切り
その後も愚痴る松田さんをメインに何回かの捜索を行なったけれど、終ぞ進展は得られなかった。というか、そもそもあの空間の捜索範囲が広がらなかった。
最終的には探索できたのは、精々十メートル四方程度かな……?
宇宙空間のように不安定な環境で、私以外は碌に身動きも取れない上に視界の一切が閉ざされている空間。安全性の担保すら困難な状況では、掛かった時間に見合わない捜索とは名ばかりの非効率な捜し方しか出来なかったというのが実情である。
「……唯ちゃん」
――全力を尽くしたと、胸を張っては言えないかもしれない。
それでも思いつく限りの方法は試した。
これ以上捜索しようと思えばリスクばかりが跳ね上がる。
現実的にはここで諦めるのが妥当であると、賢い唯ちゃんなら理解はしているだろうが……それで納得出来るかは別問題なんだろうね。
「大丈夫、です。……覚悟はちゃんと、していましたから」
震える唯ちゃんなんと声を掛ければ良いのか分からない。
私に出来ることはただ、唯ちゃんが悲しんでいるにも関わらず、無様に床に転がって「暗い、怖い、もうやだ行きたくない。なんで俺がこんなこと……」と暗所恐怖症を発症しかけている頼りない大人の姿と声を隠し続けることくらいだ。
努力と結果が必ずしも結びつかない。現実はいつだって非情なのよね。
私だって出来ることなら見つかるまで捜してあげたいところではあるんだけど、正直条件が悪すぎる。あの視界の一切を塞がれた空間は魔力の一切が通らない。文字通り手探りで探す以外の方法がないんだよね。
……しかもあそこは特定の条件で繋がる空間が変わってしまっている可能性さえある。時間さえ掛ければ必ず見つかるとさえ言えないんだよね。
そもそもの話、あの空間は当初認識してすらいなかった場所だ。「向こうの世界に行こう」と思いながら世界の狭間へ突っ込めば闇色の幕を越えて直ぐに例の研究室へと繋がっていた。二つの世界間に人が迷い込めるような隙間は存在しない。……と、思っていた。
ところが、「二つの世界の狭間を探索したい」と思い浮かべながら再突入すれば、そこに広がるのは一切が闇で構成された黒の世界。向こう側の世界へと繋がる入り口なんて何処にも見当たらず……なんなら自分の下半身が繋がっているはずの白の世界の存在すら感じ取れない、完全なる別世界へと迷い込んでしまうのだ。
もうファンタジーが過ぎて思考放棄するしかないよね。
条件を特定する為に何度か出入りしてみたものの、十数回程度の試行回数では碌なデータが得られなかった。何より魔力による情報収集が出来ないのが何より痛い。
特定の時間を空けて、特定の思考を保持して突入すると、繋がる場所が変わっている……という結果が得られたようにも思うけれど、必ずしもそうとも言い切れない。単に時間経過で向こうの世界の出入り口が近付いたり離れたりしているだけという可能性もある。
結局のところ、「よく分かんないけど人が一人行方不明になる余地はある」ということしか確かなことが存在しない。けれど、今はそれだけ分かれば充分だとも言える。
全てが白で埋め尽くされた、この白の世界と対を成すような黒の世界。
あそこで人捜しは無理寄りの無理です。
唯ちゃんの父親があそこで行方不明になったというのならそれはもう一生行方不明ってことです、諦めましょう。
考えれば考える程そういう結論になってしまう。ただでさえ捜索が困難な空間なのに唯ちゃんの父親が消えた場所には繋がっていない可能性まであるとかもうどうしようもない。すっぱり諦める他に出来ることある?
とりあえず唯ちゃんを慰めたい気持ちだけは確実にあるんだけど、その方法が分からない。ついでに私にだけ見える松田さんが未だにグチグチ言ってるのがひっじょーにウザい。もう用もないから眠らせておこ。
余分な雑音を消し去った私は松田さんを視界の外に放り捨てると、とりあえず唯ちゃんを背後から抱きしめてみた。悲しい時には人肌が効果的だとどこかで聞いた覚えがあったからだ。
「……落ち着くまでこうしてよっか。落ち着いたらまた屋敷に戻って、リンゼちゃんと一緒にケーキでも食べよ。大丈夫、美味しいもの食べたら嫌なことなんてみーんな忘れちゃうから」
「……嫌な、こと」
あ、なんか今選ぶ言葉をミスった気がする。
まあいいや。このままいけるとこまで突き進んじゃえ。
「そーだよー? 人はね、幸せになる為に生きてるの。だから『幸せになれない記憶なんていりません!』っていう生き方もアリだと思うな」
我ながら結構な暴論言ってる気がする。
だが反省はしない。考えてること自体は事実だからね。
ツラいことがあった時は現実から目を逸らしたっていいんだよー。逃げ出しちゃってもいいんだよー。望んでもないファンタジー世界に転生させられた私が言うんだ、説得力があるでしょう?
そんなことを考えながら、ゆーらゆーらと身体を揺らす。
唯ちゃんからの返事は無かったが、抱きしめている身体からは僅かに固さが抜けてきているのを感じる。
私はそうしてしばらくの間、唯ちゃんの温もりを感じ続けていたのだった。
嫌なことからの逃げっぷりに定評のあるお姉ちゃんが、妹を同類へと堕落させようとしています。
人の弱みに付け込むとは、彼女こそ悪の化身ではあるまいか。




