英気を養う
無事に唯ちゃんの認可も下りたので松田さんを世界の狭間に放り込んだ。何か見つけたら胴体に繋いだロープを引っ張るよう指示しているが、正直期待は出来ないだろう。
……そもそも、あの空間。入る度に広さが変わってる気がするんだよねぇ。
「……松田さん、大丈夫でしょうか」
「今のところ無事っぽいけどね〜」
繋がった魔力に通している魔力からある程度の状況は伝わっている。
それによると、どうやら暗闇へと放り出された松田さんはずっと独り言を言い続けることで孤独の寂しさを紛らわせているようだった。今は「ソフィアちゃんの見た目で唯ちゃんの性格だったら最高なのになー!」というようなことをヤケクソ気味に叫んでいるご様子。性格ドブスで悪かったね。
まあ叫んでいる内容はともかく、視界の通らない場所で大声をあげるというのは人探しの方法として間違ってはいない。私の方でも密かに聞き耳立ててるので、松田さんの声に対して何かしらの反応があればすぐに気付くことが出来るだろう。
それまでは唯ちゃんとゆっくりしていようかな。
邪魔者が消えた空間にそそくさとティータイムの準備を整えた。
お茶請けはもちろん、コンビニで買った大量のお菓子や菓子パンである。
「さて、じゃあ松田さんが探索を終えるまで私達は英気を養っておこうか」
ドサドサッと小さな丸テーブルの上にこんもりお菓子を積み上げていく。
この視覚から得られる癒し効果たるや……むふふ。
やっぱり頭脳労働には糖分が不可欠なんだよね。魅惑的なパッケージを眺めているだけで行き詰まってた捜索のアイディアが続々と湧き出してくる感じがするよー。
「英気はいくらあっても足りないからね! 食べれば食べただけ唯ちゃんのお父さんが見つかりやすくなると思ってたくさん食べよう!」
「どんな理屈ですか……ふふ」
おどけて見せると、唯ちゃんは口元に手を当てて楽しそうに微笑んでくれた。うむうむ、やはり美少女には笑顔が一番だよね。ちょー眼福。
正直今でも迷っているところはある。唯ちゃんを父親と会わせることが本当に唯ちゃんの為になるのかどうか。ただ唯ちゃんが傷付けられるだけで終わるのではないかという懸念は消せない。
だから松田さんだけを捜索に回せた現状は、私にとって非常に理想的なものだと言えるだろう。
唯ちゃんの父親を無事に発見できた時、そこに唯ちゃんさえいなければ最悪「見つからなかった」で済ますことが出来る。唯ちゃんの父親が私の想像通りの……あるいはそれ以上に劣悪な人物であった場合、見つかった事実を無かったことにして唯ちゃんの未来を守ることが出来る。そういう手段が選べるという安心感。
唯ちゃんってめちゃくちゃ優しいからね。
極悪人にも救いの手を差し伸べようとする精神性は美徳ではあるのだろうけど、世の悪人は基本的に更生をしない。いい人を食い物にして我欲を満たすが故の悪人というか……要は救いようのない悪人ってのが確かにいて。唯ちゃんの父親は、恐らくそっち側の人間だろうということだよ。
反省できる人ってそもそも大それたことなんてしないからね。
躊躇できる機会の悉くを無視して悪事を成せる人ってのは、そもそも躊躇とか反省とかすることないから。そーゆーマトモな神経は悪人には備わってないの。備わってないから悪人なのよね。
悪ってのは結局、捉え方次第な面がある訳よ。ある目的の為に他人の迷惑を省みない人たちの呼び方というか、大勢に迷惑をかけることを厭わない連中の総称というかね? そーゆーのを所謂悪人って呼ぶの。
もっと雑に言ってしまえば、私にとって都合の悪いことする人は全部まとめて悪人なんだわ。あくまでも「私にとっての」悪人だけどね。
だから唯ちゃんの父親とかもう、びっくりするくらい見事な極悪人。松田さんも悪人に付き従う悪人枠だね。悪人に協力した人はみんなみーんな悪人ってことで。
そんな悪人達を成敗しようとしてる私が正義枠であるかどうかはともかくとして。
悪人が蔓延ってると気分悪いし、駆除できるならしとこうかな、みたいな? そんな気分になるのも当然だよね。
その上唯ちゃんの父親に至っては私を襲った前科持ちだからね。
話し合いで解決できる可能性が皆無であるとは思わないけど、面倒事って相手との縁を切るのが一番簡単な解決策なのよね。で、その縁切りの究極形が相手の死去。死んだ相手になら逆恨みで狙われることだって無くなるから後の面倒がまるっと省略できてすんごい楽になると思うの。
真実が唯ちゃんにバレた時のリスクは考えものだけど、私はやらずに後悔するよりやって反省したいタイプなので。迷ったらとりあえず殺っとこうかなって。っていうか単に私が一刻も早く復讐したいだけだったりして。
やっぱりね、身体を好き勝手されてたってのがかなーり許し難いっていうかさ。
もちろん一番の絶許ポイントは唯ちゃんへの鬼畜の所業なんだけども、私も普通にムカついている。花の女子高生の青春時代を奪った罪はオッサンの残り寿命程度では贖えないと思うんだよね。
「あの、ソフィアさん……? さっきからロープが張ってませんか?」
「あー、これは合図とは違うやつだから。気にしなくてもいいよ」
贖罪と言うなら、こっちのオッサンももう少し気合い入れて頑張って欲しいな。
……いやほんとに、松田さんはこれ何やってんだろうね。「主任さん見付けたら引っ張ってね」って伝えたロープを身体中に巻き付けて……何? そういう趣味なの? 私達の可愛さに理性が暴走しちゃった感じ??
裏切るようなら即刻切り捨てようとは思ってたけど、そういう段階でさえない。ただ単純に意味不明。
よく分かんけど、普通に見捨てたくなってきたな……。
ジワジワと侵食する手詰まり感。
美味しいものを食べてやる気をひり出します。




