天使のお尻を眺めつつ
――私はひとつの気付きを得たね。
顔面の出来がよろしくないオッサンでも服を着た下半身はそんなに見た目は悪くないってことと、唯ちゃんの下半身はちっちゃくて可愛らしくて思わず飛びつきたくなるくらいの魅力で溢れてるってことに私は気付いた。
うん、ふたつだったね。私はふたつの気付きを得たんだ。
……だからね?
「松田さん。今、アナタは何も見なかった。そうですよね?」
魔法で視力を奪った松田さんを低い声で威嚇すると、彼は適切に空気を読んで「何も見ていません!」と身の潔白を高らかに叫んだ。私の下半身にイタズラしなかったことも踏まえて、その言葉は信用に値するものと判断しておこう。……今のところは。
不穏分子を排除した私は改めて前を向いた。
そこには可愛らしいお尻がある。
世界の狭間に頭だけ突っ込んだ唯ちゃんの下半身。無防備にも時折魅惑的に揺れるそのお尻は、まるでイタズラされることを今か今かと待ち望んでいるように思えてならない。
――が、当然の事ながら、唯ちゃんがそんなことを考えているはずがない。
ここで手を出したら嫌われてしまう。少なくとも、折角ここまで地道に稼いできた唯ちゃんの好感度は間違いなく下がるだろう。
それが分かっている私は、せめてこの光景だけは脳裏に刻み込もうと全力を尽くしていた。万が一の際にはいつでも唯ちゃんを引っ張り出せるよう最新の注意を払いながら、フリフリと揺れるお尻を注意深く観察する。唯ちゃんの安全の為にも、気を抜くことは許されないのだ……!
「……あのー、ソフィアさん?」
「なんですか?」
保護観察業務に勤しむ私に不躾な声が掛けられる。
美少女観察を邪魔するのはいつだって男と相場が決まっている。可愛い子から僅かにでも意識を逸らす事を強制された分の迷惑料とか貰いたい気分よね。
「俺、いつまで見えないままでいればいいんですかね? せっかく暗くしてもらったんで、時間がかかるようならこのまま一眠りしたいんですけど構いませんかね?」
……ほほーう? それはつまり、私の魔法をアイマスク代わりにしたいという申し出かな? 命が助かると理解してから随分と心の余裕を取り戻してるようだね?
その冷静さが変え難い資質であることは認めるけど、唯ちゃんの父親から詳しい話を聞けていない現状において、松田さんその他の組織側の人間は私にとっての「敵」である。組織の全貌が判明するならすぐにだってまとめて滅ぼしたいくらい明確な「敵」でしかない。
「眠りたいのなら邪魔はしないので、どうぞ好きなだけ眠ってて下さい。その場合、用事が済んだら私達はそのまま去りますけどね」
「すいません! 何でも協力するから許してくださいーッ!」
許すも何も。
私は単に汚いオッサンには興味が無いだけでございますよ。
唯ちゃんの父親が見つかんなかったら憂さ晴らしくらいには使えそーかなーとか思ってるけど、それだって別に松田さんである必要は全くないし。もっと言えば憂さ晴らしの機会が無くなったって構わない。
それはこの場に松田さんがいる必要性が皆無であると言い換えることが出来るのかもしれない。
……まぁ、実際にこの人いらないんだよね。単なる賑やかし要員って感じ。
唯ちゃんがいなかったらそもそも助けてなかったかもなー、なんてことを考えていると、不穏な気配でも感じたのかまたもや松田さんが「あのー……」と声を上げた。返事をしなかったから置いていかれたと思ったのかもしれない。
「今度はなんですか?」
「いえ、その……唯ちゃん、遅くないですか? 何か問題でも起きてるんじゃ……」
「私が見てるから大丈夫ですよ」
唯ちゃんの安全確保なんて最優先でしてる。ずっと手も繋いでいるので大抵の事態には対処出来るはずだ。
唯ちゃんのお尻を鑑賞するのに絶好のポジションに視界を飛ばしていた時だって常に《思考加速》はしてたからね。唯ちゃんからの合図が来れば次の瞬間には腕の中に唯ちゃんが到着している神速の絶技をお見せすることができると思うよ。
あ、そういえば松田さんの視界は私がさっき奪ったんだっけ?
まあ私の姿とか唯ちゃんの可憐さとかを見続けてたらあまりの眩しさにすぐに目がイカれちゃうかもしれないからね。これも一種の優しさですよ。
万が一にでも唯ちゃんのパンツとか見ちゃった日には、二度と誰にも出会えない空間にご招待する用意は出来ているしね。無事に元の世界に戻れるよう協力してあげてる私は唯ちゃんに次いで世界で二番目に優しい人物だと思う。
まあこの世界って今私たちしかいないんだけどね。
何で競ったところで最低順位は世界三位。
今のうちに何か実績とか盛っとくべきかな。心の清らかさ世界三位とかどう? ……虚しさだけが残りそうだしやめとこうか。
「あのう……」
「まだなにか?」
カムバック唯ちゃーん!! と心の中で叫びながら返事をすると、松田さんはもじもじと恥ずかしそうにしながら言葉を濁す。
「その、天使みたいに可愛い女の子にこんなこと言うのは気が引けるんだけど……」
「なんですか?」
「いやぁ、その……あはは」
ハッキリせいや! と思った直後に放たれた言葉を聞いて、私は「こんなことハッキリ言われたくなかった……」と人生で底辺レベルにまで気分が降下することになるのだった。
「……そろそろ尿意が限界なんだけど、俺はどうしたらいいと思う?」
…………マジでコイツ、汚物ごとアイテムボックスの中に捨てたろかな……。
実はこの白い世界にも白以外の存在はあったのですが、ソフィアは幸運にもそれらに気が付くことなく世界の狭間へと戻ってきました。
……本当に幸運だったのは、あるいはそれらをこの世界に撒き散らした松田だったのかもしれませんね。




