再制圧
じっくりと観察していればすぐに分かったことではあるが、こちらの世界では意識的に操作してない魔力はすぐに拡散してしまうらしい。向こうの世界では十全に使える《しゃべる君》とか数秒程度しか保たなかった。
まさか魔力が存在しない環境に、こんな不都合があったとはね……。
魔力が拡散するのは向こうの世界でも同じだから油断してた。拡散に要する時間がこれだけ違うと、他の魔法にも小さくない影響が出そうだ。
そう、他の魔法にも……影響……が……?
「……あっ!?」
やっば。中の人達に掛けた睡眠魔法の効果時間、これだと予想よりもかなり早く終わるんじゃないか? やばいやばい、やらかしたー! これは明らかにやばすぎんよー!!
幸い入り口近くにいた人達は未だに眠ったままだったけど、試しに一人の頭を確認したら魔力の残滓がほとんど感じられないレベルにまで減衰していた。たっぷり八時間以上は眠らせるつもりで《睡眠》させたのにもう今にも起き出してきそう。地下の人達とか既に起きてるんじゃないか?
うーわ、これは久々にやっちゃったなー。道中の遠距離で眠らせた人達はまだしも、最初に顔見られた人達には私がやったってこと確実にバレてるよねこれ。警戒されると面倒なことになっちゃうかなぁ……?
とはいえ最初に出会った特に危なそうな人達には強めの《昏睡》掛けといたから、多分まだ起きてはいない……はず。そこだけは救いっていうか、見事に「こんなこともあろうかと!」を成立させた自分を自分で褒めてあげたい気分。やっぱり悪者には過剰なくらいのお仕置が適切なんだよ!!
これからもムカつく奴にはどんどん私刑を下していこうとろくでもない決意を固めつつ、眠っている人に再度《睡眠》の魔法を掛けていく作業を繰り返した。いい加減やり慣れたからか作業効率が上がってる気がする。
よし、終了っと。今度は強めにかけたから少なくとも三時間くらいは眠ってるはず。きっと、多分。いや念には念を入れて二時間くらいと思っておくかな。
……後でどのくらいで目覚めるのか検証しないと。
なんならいっそアイテムボックスの中にでも放り込んでおけば目が覚めたとしても安全なのでは? なんて思ったりもしたけど、大量のおっさん共を私のアイテムボックスに入れるって考えがもうね。もう全力で拒否したい所存。
触れずに入れられるとしてもそんなもん好んで入れたがる人なんかいないでしょって話。
おっさん入れるくらいなら美少女の爪の垢の方がまだ入れ甲斐があるんじゃないかな。なんかご利益とかありそうじゃない? 爪の垢が具体的に何かはしらないけどさ。
はてさて、ここからがいよいよ本番だ。入り口が終われば当然奥へと進まねばならない。
人の出入りはー……多分なかったとは思うんだけど、万が一は常に警戒しておくべきだ。事前に対策できることはしておくに越したことはないよね。
「唯ちゃん、ここからは手を繋いでいこうか」
「また手を繋ぐんですか?」
「うん。近くにいてくれた方が守りやすいからね」
すんなり従ってくれなかったのは決して私が嫌われているからじゃない。さっきここに来るまでの道中、唯ちゃんの手を揉み揉みして遊んでたのが原因だ。きっとそのはず。
悲しすぎる可能性から目を逸らし、繋いだ手を起点に常時発動している《身体防御》の範囲を広げて唯ちゃんを護りの内側へと取り込んだ。これで死角からバキューンされても問題ないね。
こっちの世界に来て特定の魔法が制限されて、いつもどれだけ《探査》に頼って生きて来たかがよく分かるよ。「あっちに誰かいるかな?」って覗く目も「なんか聞こえる気がする〜」って澄ませる耳ももがれた気分。もうこの建物全部を魔力で覆いたい。
でもそれだけの規模に広げちゃうと、多分端っこから魔力が溶けていっちゃうと思うんだよね。
唯ちゃんのお陰で魔力量に余裕があるとはいえ、それはあくまでも「普通に魔法を使うなら」という条件付きだ。莫大な魔力を滝のように垂れ流しても永遠に尽きないという訳じゃない。魔力が尽きたら私はただの無力な美少女だから、無駄遣いなんて到底できないのだ。
……でも効率的に魔力を広げる方法があればワンチャン……とか考えている間に地下に着いた。ゆっくりと下降をとめた扉の向こうから人の気配をひしひしと感じる。
「あー、いるねぇ」
「いるんですか?」
うん、いるいる。起きて動いてる人がうようよいますわ。めっちゃ声する。
エレベーターが地階に達し「チン♪」と到着の合図を奏でる前に魔力を浸透。扉が開いた頃には既に寝こけてる人の群れが出来上がっていた。
ちらりと隣りを確認したけど、今回は唯ちゃんも特に反応を示していない。
よっしゃ、予想通り!
やっぱり視界に入る前に寝かせておけば何も問題はなかったんだね。この調子で再度の制圧終わらせちゃおーっと。
この日だけで人を寝かせるスピードが凡そ三割短縮出来たのだとか。




