ドロップ回収
やー、異世界って楽しいねー。
私にとってはこちらの世界こそが元の世界のはずなんだけど、向こうでの暮らしが長かったせいかな。今すごく「異世界にキターッ!」って感覚が強いんだ。
もうね、空気から何から全然違うの。
見える景色を構成しているほとんどのものが……って、あーッッ!!? あああそこに見える特徴的な赤!! あれに見えるは自販機では!? 果実搾った以外の甘い飲み物がのみたーいっ!!!
「唯ちゃんってお金持ってる?」
「へっ!? あ、あるわけないじゃないですか?」
ですよね。感動の邪魔してごめんね、ちょっと理性が暴走しちゃっただけなんだよ。
数々の魔法を自在に操れる今の私なら自販機を壊すくらい訳ないけど、自販機って確か防犯機能ついてなかったっけ? 私の魔法って音は遮断できるけど、電波とかはどうなんだろ?
「必ず出来る!」と思って使えば電波の遮断くらいできそうな気もするけど……なんて、リスクとリターンの割合などを考えつつ、うごうごと手に集めた魔力を結界用のものに変換していると、傍らの唯ちゃんが「そ、ソフィアさん、ソフィアさんっ」と可愛らしく私の服を引っ張ってきた。なんだい、一体何を見つけたんだい!?
「見てください、あれ、あれっ! 飛行機が空を飛んでますよっ!」
「おおーっ!」
おー! 飛行機が、空を! 遥か上空をびゅーんって飛んでる! 凄すぎぃ!!
マズイな。我ながら感動の閾値が著しく低下しているのを感じる。これが箸が転がっただけでも笑うお年頃ってやつかな? 実際に今お箸なんか見たら「箸とか超久々に見たーッ!!」って眺め回す気がする。割り箸とか確実に感動モノでしょ。
んー、やっぱり日本って凄いや。いや人間の文明が凄いのかな。
向こうの魔法だってありえないくらい便利だけど、便利使いできるくらい習熟してるのって【賢者】とか呼ばれるレベルの人達だけだからね。普通の貴族レベルじゃ精々喉乾いた時の水を自前で用意出来る程度の利便性じゃないかな。そんなの水筒持ってりゃ事足りちゃうよ〜。
それに対してここでは何処にでも電気が通ってるし、水道からは無限に水が溢れ出てくるし、誰でも簡単に火力調整だって出来ちゃう……ってひょっとして魔法より万能なのでは? やだ、私の可愛い容姿と並ぶ唯二のアイデンティティーたる魔法の存在価値が脅かされちゃう。魔法使えるようになるのアホほど大変だったのにー!!
ここはいっちょ魔法の素晴らしさを啓蒙するしかあるまい。
とりあえずは唯ちゃんに、魔法があればお金が無くても美味しい飲み物が飲み放題だ! という素晴らしい体験を提供しようじゃあーりませんか!!
「ねぇ唯ちゃん、喉乾いてない?」
「喉、ですか? ……あ、知ってます! あれって自動販売機っていうんですよね! えっと、えっと……うぅん、よしっ! 少し待っててくださいね!」
「あ、はい」
私の視線を追って自販機の存在を認めた唯ちゃんが何故か室内へと走り去ってしまったために、既に一歩目を踏み出していた私は不自然な体勢のまま固まることを余儀なくされてしまった。
いや別にそのまま動くなと言われた訳じゃないけど、気持ち的にね? 出鼻をくじかれたっていうかね? もう既に唯ちゃんと喜びを分かち合う気満々だったからね。
魔法に不可能は無いということを見せる為に、折角これから自販機の硬貨投入口を伝って侵入させた魔力で五百円玉を釣り上げようと思ってたのに。この細長く成形した魔力、どうしてくれよう。
……いっそこの距離から試してみるか?
よくよく考えてみれば、自販機からお金抜くのは唯ちゃんが嫌がるかもしれないし……。いやそれならむしろ、魔力を地面沿いに広げてお金が落ちてないか探った方が……? 等々、色々な可能性を模索している間に唯ちゃんが「お待たせしました」と戻ってきた。その愛らしい手には先程の私が自販機から釣り上げようとしていたものと同じ、五百円玉が握られていた。
「申し訳ないなとは思ったんですけど、倒れている人のお財布から貰っちゃいました。お札もいっぱい持っていたみたいだから、このくらいはきっと許して貰えますよね……?」
「私だったら許すね。絶対」
ていうか唯ちゃん頭いいな。あるいは私が単にヌけてるだけか?
倒した相手から金銭を得る。特定の界隈では常識ですよね。
唯ちゃんの真似してにょろにょろっと伸ばした魔力でドロップ品の回収に勤しんだ。お財布を漁って抜き取ったお札を遠隔で開いた《アイテムボックス》の中に放り込む。ちょろっと作業しただけなのに一瞬にして小金持ちになってしまった。
大人ってこんなにお金持ってるもんなの? 少ない人でも約八万とか持ち過ぎじゃない?
まあそのお陰様で当座の資金は確保出来たんだけど、なんだかなーって感じはする。
やっぱり悪いことしてる人ってお金が有り余ってる感じなのかな?
誘拐に加担するような組織の人達がお金持っててもろくなことに使われないだろうし、それなら私達が有効活用した方が世のため人のためになるってもんよね。
あっ、そうだ。折角お金が入ったならあれ食べたい。コンビニのスイーツ。あとアイスも食べたい。でもまずは目と鼻の先にあるジュースからかな。
……やばいな、金銭のくびきから解き放たれたと意識した途端に欲望が溢れ出してきて止まらないぞ? これは確実にお腹の方がもたないやーつ。
期待から口角がうにょうにょと歪むだらしない様を唯ちゃんが不思議そうに見つめているのを感じる。
大丈夫、もう少ししたらきっと唯ちゃんもこの気持ちが分かるようになるからね。
ソフィアの元の肉体が生命活動を維持していた為、異世界転生の原因となった通り魔事件はソフィア的には「誘拐」であったと認識してます。
敵の仲間なら良心の呵責とか無いです。なんなら怪我させてない分「私って優しー」とすら思ってます。




