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お菓子の未練はお菓子で晴らそう


 ――王妃様が突如来襲したあの日から、マジで喪神病治療の依頼が来なくなった。


 あの日の翌日、学院に行った時などは教室にお兄様がいたりして「ああ、先回りして面倒事を潰してくれてるんだなぁ」と実感したりする出来事もあったのだけど、あれ以外がマジでない。本当にない。屋敷にそれっぽい人が突撃してきたりとか全然しないの。


 だから私の日常はびっくりするくらい平穏無事。

 王妃様を動かす程の貴族達の圧力とか本当にあったの? と疑うくらい本気で何も変わらない日常を過ごしていたんだけど――そうして普段通りの生活をしていたら、気付くよね。あの時の選択次第で、この平穏な日常がどれほど変化していたかっていうIf(もしも)の可能性にさ。


 ……そう、もしも私があの夜、喪神病の治療を今後も続けるように皆の意見を誘導出来ていれば――私は今も王妃様が持ってきたあの最高級お菓子を定期的に貰えていた可能性があるってことだよおぉォォーー!!!


 本当にね。もう、バカかと。アホかと。目の前の(ニンジン)にしか目が入らないお馬さんなのかと。


 確かにあの時は全神経を傾けるべき至高のお菓子という誘惑があった。全感覚を傾けるべきお兄様という極楽もあった。


 でも、それでもさ。後々も続く幸福定期便と一時の快楽、どっちを優先するかって考えるまでもないでしょ。考えるまでもなく両取りするのが正解でしょうよ。


 それを私は、お兄様に手ずから食べさせてもらえるのが嬉しいあまり、思考を放棄して「あーん♪」なんて……ッ!


 それはそれで最高の記憶だけども!!! 王妃様との関わりをあそこでぶっちぎるのはどう考えても間違いでしょうよ!!? もっと恩を売り付けて「つまらないものだけど、これお土産に……」ってお菓子を提供し続けてもらうのが最善でしょう!? アホだわ私ィイイ!!!



 ――そうやって後悔すること、既に三日目に突入中。


 なんとかアーサーくんに会ってそれとなくお菓子を貰えるよう誘導できないかと画策し、昼、放課後には毎日ヘレナさんのところへと向かっていたが、とうとう会えないまま週末のこの日を迎えてしまった。


 明日の休息日にはアーサーくんと会える可能性などほぼ皆無。


 私に最高の休日が訪れる可能性は、今この時に閉ざされたと言っても過言ではなかった。


「はあー……」


「毎日来てくれるのは嬉しいけど、来る度に陰鬱な溜め息吐くのはやめてくれない? 気分が滅入るわ」


「ソフィア様、何か気に入らないことがあったのなら遠慮なくお申し付けくださいね。ほら、今日はソフィア様の大好きなシュークリームをご用意させてもらったんですよ。これを食べて、どうかいつもの明るいソフィア様に戻ってください」


「ありがとうございます、シャルマさん……。いただきますね」


 促されるままに着席し、もそもそとおっきなシュークリームにかぶりついた。口内を蹂躙するかの如くクリームがたっぷりと溢れだしてきて大変美味しい。


 ……とっても美味しいんだけど、なぁ。やっぱりアレと較べちゃうと……はあぁ。


 取り返しのつかない機会の喪失。


 たかだか一日潰して喪神病の人たちを治すだけで得られたかもしれない極上の機会を自ら手放すなんて……もう本っ当にバカだよねぇ〜。


 私ももっとオトナになりたい。

 どんな時でも常に冷静な判断を下せる有能なオトナの女性に。


 そしたらほら。お兄様の横に並んでお仕事してても見劣りしないだろうしね! お兄様の子供扱いも少しは改善されるんじゃないかと!


 お兄様に甘やかされるのは嬉しいんだけど、思えば私ってお兄様のことあんまり魅了とか出来てないよね。お兄様が一方的に庇護してくれてるだけなんだよね。


 もっとこう、時には男女の反応的なものが欲しいというか。私がお兄様にドキドキさせられるだけじゃなくて、私もお兄様をドキドキさせちゃいたいというか。


 たまに勇気出して胸とか押し付けてみても単に甘えてる時と反応が全く変わらないからね。


 お陰で最近は色仕掛けをする機会も少なくなって、そのせいかお兄様の恥ずかしがってる姿を見る機会がめっきり減って……減って……くうっ、機会か……。


 なんかもう「機会」とか「チャンス」とか考える度にあのお菓子のこと思い出してるんだけど、実はあのお菓子に依存性のある成分とか入ってたりしない? 我ながらありえないくらい執着しすぎてて怖いんだけど。


 念の為に魔法で状態回復を試みたものの、何ら効果はみられなかった。


 となると、素の美味しさのみで人の意識飛ばしたり依存させたりしてるってことになるんだけど……実はそっちの方が恐ろしいんじゃ、なんてことを思いもしたが、結局美味しい物に罪はないという結論にいきついた。それは勿論、シャルマさんのお手製お菓子にも当てはまることだ。


 二つ目のシュークリームを……パクッ。もぐもく、ごっくん。


 うむ、口内に広がる甘味は幸福の味と呼んで差し支えないものだ。「美味しく食べて欲しい」というシャルマさんの優しさがぎゅぎゅっと詰まっているのが感じられる。


 ……そうだよね。いくら至高のお菓子だってそればっかりを食べていればいつかは必ず飽きてしまう。食事にだってメリハリが必要なんだ。


 てゆーかシャルマさんのお菓子も別に劣ってはいないし。むしろかなり美味しいレベルだし。


 偶に狂ったように攻撃力極振りのお菓子が現れて、私の舌と脳髄を蹂躙し尽くして行くだけのことだ。


「美味しいです」


「お気に召したようでなによりです。まだまだ沢山ありますから、遠慮なく召し上がってくださいね?」


 素直な感想を述べると極上の微笑みが向けられてしまった。ううっ、シャルマさんの気遣いが嬉しいよぉ。


 ――私は充分に恵まれている。


 そのことを自覚し、感謝しつつ、私は今日もお菓子をむさぼるのだった。


「ソフィアちゃんの様子がおかしい」と指摘するのは大抵決まってヘレナさん。

でも本人の前ではツンツンしちゃう。プライドの高いツンデレさんだからね。

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