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(お菓子との)感動の再開


 お母様が何か言ってる。それは聞こえる。


 だがその話している内容までは私の脳には届かなかった。


 ――お菓子。お菓子だ。美味しさのあまり私の意識をすっ飛ばしてくれたお菓子様が今、再び私に食される為に目の前にご降臨召された!!


 ……やばい。感動しすぎてなんか涙出てきたんですけど。


 私の尋常ならざる反応に喧しく喚いていたお母様が一歩引いたのが分かる。


 ごめんね、お母様。無視して悪いとは思ってるんだけど、この時を逃したら次はいつあのお菓子に巡り会えるか分からないから。だから今は、お母様に関わっている暇なんて全く無いんだ。お菓子との出会いは一期一会なんだよ。



 嗚呼――この昂る気持ちはいつ以来だろうか?



 お兄様への恋心を自覚した時? それともお兄様から初めて「大好きだよ、ソフィア」と声を掛けてもらった時に匹敵するだろうか?


 初恋にも似たこの焦がれる感情は、もはや私の理性だけでは御し切れない。


 今の私を御せるとしたら、それは最愛のお兄様か、さもなくば私とお菓子様を再び引き合わせてくれた王妃様くらいのものだろうね。


「聖女ちゃんは、私の贈り物を気に入ってくれたみたいね?」


「めちゃくちゃ気に入りました」


 背後で「言葉遣い……」と物申すお母様の声が聞こえた。


 あれ? っていうか私、いつの間に移動したんだっけ? ついさっきまではお母様が目の前にいたはずなのに、今は王妃様が目の前で、お母様は私の後ろで……あれぇ???


 このままではいけない。このままでは、たとえこのお菓子を食せたところで夕食時の二の舞になってしまう。私はなんとしてでも理性を留めたままでこの至高のお菓子を過不足なく味わわなければならないのだ。


 味や食感、香りや見た目に至るまで全ての情報を仔細に記憶し、いつでも記憶の中で再現出来るように脳へと焼き付ける。無意識のままただかっ食らうなんざ愚の骨頂。


 理性が消し飛ぶほどの美味しさを、余計な事など一切考えずにただ本能のままに味わう行為がどれほど至極の贅沢であるかは私とて理解しているつもりだが、だからこそ私は、意識を保ったままその至高をもたらすお菓子のありとあらゆる情報を記憶せねばならない。一度記憶してしまえば、その味を、その幸福感を――!! 魔法にて再現することが出来るからだ!!! 魔法ってさいこぉう!! いやふぃぃいいい!!!


 欲を言えば増殖魔法的なもので美味しいお菓子を無限コピーとか出来たら良いのだけど、そこまで便利な魔法は未だに開発できてはいない。

 精神魔法の応用で「特定状況下の記憶を再現」し、美味しいお菓子を食べた時の幸福感を一生無限リピートするくらいしか私にはまだ出来ないのだ。


 ……ふへへ♪ えへ、えへへ、えへへへへっ♪


 圧倒的な幸福感を、いつでも、どこでも、何度でも……♪


 それはなんて素敵なことなんだろうという気持ちを強靭な意思にて封じこめ、今確かに感じている夢心地の幸福感を惜しみながらも、未来の幸福のために《覚醒》を自身に向けて発動した。身体中から溢れていた浮き足立つような高揚感が嘘のように消失し、思わず表情がスーンってなった。


 はー、落差やっば。でもやっぱり理性って大事だよね。視界が切り替わったようにすら感じられるわ。


 魔法の力で一瞬にして冷静な思考を取り戻した私は、信じ難いことに、今まで視界に入りつつも意識から追いやられていたお兄様の姿を認識して――


「――えっと、お兄様も食べますか?」


「ソフィアの心遣いは嬉しいのだけど、その前にまずはお礼を述べようか。素敵な贈り物をしてくれた相手には感謝の気持ちを伝えないとね」


「そうでした」


 いけないいけない、うっかりしてた。さすがは私のお兄様。


 このお菓子との出会いを今回限りで終わらせない為にも、王妃様にはしっかり感謝を述べとかないといけないよね。


 心からこの出会いに感謝していた私は珍しく本気を出すことにした。ほんの少しだけ踵を浮かせ、美しく女性らしい立ち姿に移行した私は、そこからお母様すら見惚れることを目標にした、私史上最も華麗で最も美麗な淑女の礼を行なった。今の私は、きっと指先からも感謝の念が漏れ出ていると思う。


「王妃様の手腕には誠に感服致しました。これほどの礼を尽くされてしまっては私も応えない訳にはいかないでしょう。――次の治療の予定はいつですか? 百名程度の人数であれば明日にでも治してんげっふ」


「――もう黙りなさい」


「――ソフィア、後は僕たちに任せてくれないかな? 大丈夫、ソフィアの悪いようにはしないから。後は全部任せていいから。ね?」


 ……お、おぅ。それは構わないんだけど、あのー……お兄様?


 お母様が後頭部にかましてくれたアイアンクローと、口を塞がれたお兄様の手が、ですね。まるでコンボ技みたいにキレイにタイミングが噛み合っててですね? 頭にかなりの衝撃がきたのだけど、これってまさか狙ってやった訳じゃないよね? 偶然だよね? 私に隠れて練習とかしてた訳じゃないよね??


 お兄様が私を攻撃することなんて有り得ないと分かってはいるけど、なんだかちょっと、お顔が怖いよ……?


「あらあら〜……」


 あ、ちょっと王妃様!? 私のお菓子なんで仕舞うの!!? それ私の……あっ、あっ、お母様ッ、手がっ、あのこれっ、爪結構立てた状態になってませんかッ!? 痛みはなくても、圧力があの……っ!


 っていうか、気配がもうガチガチに怒り狂ってる気がする。背後からなんか、寒気の原因ぽいオーラを感じる。


 ……もっかいお菓子食べて意識飛ばしたいな。


 自然とそんなことを考えたのだけど、お兄様の笑顔が「ダメだよ」と言っているような気がしたので諦めた。ていうか、あの。そろそろ手を離してくれてもよくないですか……?


一時的なものとはいえ、大々大好きなお兄様さえも意識から外れてしまう程と言えばソフィアのお菓子へ賭ける情熱の一端がお分かりいただけるだろうかと思う。

彼女はもう、お菓子なしでは生きていけない……お菓子ジャンキーになってしまったのだ……!

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