王妃様のこと完全に舐めてたわ……
リンゼちゃんと一緒に呼び出された部屋へと向かうと、お母様が不満げな態度を隠しもせずに待っていた。なお王妃様はお兄様とお話をしながら一人楽しげに笑っているご様子。
私もあれくらい周囲の空気に影響されない生き方がしたい。ってゆーか私もお母様とじゃなくて、お兄様と楽しいおしゃべりがしたいよぉ。
しかし現実とは非情なもので、私の相手はお母様であると定まっている。それは私の背中を押すリンゼちゃんの様子からも明らかで……って、わざわざそんな強く押さなくても良くない? え、私が進まないと扉が閉められないからって? はいはい、お仕事の邪魔してすみませんねー。
押し出されるように前に出るとお母様の不機嫌オーラが肌身に突き刺さるような感覚がした。睥睨される身長差は元からだけど、気配というか、雰囲気というか……そういった目に見えない情報の圧力? みたいなのがさ。なんか私の方を向いているよねって思う。
一言で言うと、今のお母様ちょー魔王っぽい。
黒マント羽織って牙でも生やせばネムちゃんから褒め倒されるレベルになるんじゃないかな。しらんけど。
「呼んだらすぐに来れるよう準備をしておきなさいと言っておいたはずですが。随分と時間が掛かったみたいですね」
「申し訳ありません」
阿呆な思考の最中でも身体に染み付いた習慣が私に謝罪の言葉を口にさせた。ここで「え? 部屋で待ってるようにしか言われてなくない?」などと思うのは素人だ。これからさあ怒るぞと勢い込んでいる人に間違いを指摘したところで止まる訳が無い。むしろ止まる理由を奪うことに等しい。それがお客さんの見ている前ともなれば尚更である。
まあ遅れたことについては完全に私のせいだし、素直に「ふつーに寝てて遅れました」などと言えるわけもないのでとりあえず頭を下げておくのがこの場合の正解だよね。頭下げときゃなんとかなるなる。
適当に謝っているのがお母様にも伝わってしまっている気配はするが、仮にも王妃様が見ている前だ。激しい叱責をされることはないだろう。
まあたとえ王妃様がいなくたって私の態度は変わらないんだけどね。
だって……ねぇ? 気絶するほど美味しかったはずの、私のお菓子が……。はあぁ〜、マジ萎えるわぁ……。
分かっていたはずだ。王妃様の用意した手土産、確実に美味しいものがくると分かっていたはずなのに、それでも意識をトばしてしまうとは。これはもう王妃様を舐めていたとしか言い様がない。
自分の覚悟が足りなかっただけだ。美味しいに対する心構えが足りなかっただけだ。
全ては私の不徳が原因だと正しく理解はしているものの……それでも残念に思ってしまう気持ちは止められない。はああぁ〜ぁあぁ。あのレベルのお菓子、次に食べられるのはいつになるんだろ……。
がっくりと心の充電メーターが低下することに意識を取られていた私は、目の前にお母様が立ち、今なお私を見下ろしていたことなどすっかり頭から抜け落ちていた。油断って大抵ミスに繋がってから気付くんだよねぇ。
「……謝罪の最中に溜め息とは何事ですか? まさかとは思いますが『よくもまあ毎回叱ってばかりで飽きないな』などと考えている訳では無いでしょうね?」
わお、すっごい。流石は私のお母様、私の考えそうなことをよく分かってらっしゃる。
ていうかやっぱりお母様も毎回叱っている自覚はあったんですね? それなら少しは叱る頻度抑えてくればいいのにねー。
そうだよね、叱る方だっていっつも似たようなことばっかり言ってりゃ飽きもするよね。
だからといってある日突然「YO、ソフィア! 今日もお説教TIME始まるYO!! YOUのJYUんびは大JYOぶかYO!?」とか言われたら、叱らせ過ぎてお母様が遂に狂ったかと自分の行いを心底後悔しちゃう可能性も……いや、流石にそれはないかな……。
アホな考えが突っ走り過ぎて、思わず「スン……」って顔になってたら、お母様にはそれが「やだ、私のお母様ってば被害妄想激しい」と呆れている顔にみえたらしい。恥ずかしそうに「考えていないなら良いのですが」と咳払いする姿を見て、こんな勘違いならいくらでもしてくれと心から願った。
……っていうか、さっきから気になってるんだけど。
お母様が邪魔で見え難いけど、テーブルの上に置かれた場違い感溢れるあの白い紙箱から、なーんか素敵な気配が漂ってきてる気がするんだよねぇ……?
本来警戒すべき王妃様の行動も、話している最中であるお母様の行動よりも、誰より大好きで一日中行動を見守ってても絶対に飽きないと断言出来るお兄様の動きよりも、何故か目を惹く無地の白箱。
魔法で中身の探知でもしよっかなと考えたところで、私の視線に気が付いた王妃様がにんまりと笑った。
……え、何その笑顔。こっわ。
「……ソフィア? 聞いていますか?」
「えっと、聞いてますけど、王妃様が」
何やら怪しげな動きをしています、と先生に告げ口する気分で伝えようとする前に、いそいそと王妃様の手ずから開かれた白箱の中身が私の目にも明らかになった。
――それは、大地に根を張るが如くどっしりとした台形で。
――それは、私に幸福と絶望を与えてくれた、あのお菓子にあまりにも似ていて。
「えッッッッ」
二個目!!?? 二個目だ!!!? 私の目の前に二個目のお菓子様がご降臨なされた!!!!
私が目の色を変えたことに満足気に頷いた王妃様は「私もここのクグロフ大好きだから、分かるわ〜」などと、意味のわからぬことをしたり顔で呟いていた。
くぐ……ろふ? なんだ、そのお菓子の名前か? ……でっかいカヌレとは違うのか?
ソフィアの弱味なんて王妃様には(二回目
そもそも智謀大好きお兄様ですら敵わない王妃様にソフィアなんかが対抗出来るはずないんですよね。




