いっそ忘れたままでいたかった(涙目)
「――ソフィア。ほら、早く起きなさい。起きなさいってば」
ゆーらゆーらと世界が揺れる。
いや違う。揺れているのは私の頭だ。私の頭のみが小さな手によって揺らされているのだ。
「……その起こし方やめてくれない?」
「嫌なら声を掛ける前に起きればいいのよ」
「無茶言うね!?」
そこは「声を掛けた時に」じゃないの!? 「声を掛ける前に」なの!? それエスパーでも結構厳しくない!!?
激しいツッコミをさせられた結果、私の意識は早急に覚醒へと至った。私の扱いへの理解が深まるほどにリンゼちゃんに私の全てを丸裸にされているような感じがして、そこはかとない恥ずかしさを覚えなくもない。
まぁそんな恥ずかしさよりも幼い美少女に「もう、仕方ないわね」と甲斐甲斐しく世話をされる快感の方が強いんですけど。
この生活、実際結構やばいのよね。今はもう慣れきっちゃって年下にお世話される抵抗とかほとんどないから、このままじゃ私の感覚的に立派な大人と言える二十歳近くになっても「リンゼちゃ〜ん、着替え手伝って〜」と猫撫で声で甘えている自分の姿が容易に想像できて、私の自尊心がそりゃもうやばい。ダメ大人になるコース以外の未来が見えないレベル。
私を真人間にさせようと奮闘してくれてるお母様も、最近はなんか諦め気味っていうかさ。「どうせ叱っても聞き流されるし叱る労力が無駄よね」みたいな思考がちょっぴり漏れてるっていうかさ。叱り方が大分おざなりになってきてるよね? 聞き流しててもそーゆーのは一応伝わってはいるんだよね。
――お母様にまで見放されてしまったら、私は本当にダメ人間になる。
ダダ甘のお兄様とそれ以上に甘やかしてくれちゃうお姉様に囲まれて、美人で可憐だけど怠惰で自堕落なソフィアちゃんになっちゃう。リンゼちゃんは一見叱ってくれてるように見えて、その実、私が何してようと呆れた顔で見てるだけの観測者タイプだから性格の矯正には役に立たなさそう。っていうか叱られると逃げちゃう私が悪いんだけど。
――え? あれ? そう考えると私って結構、既に手が付けられないレベルの駄々っ子じゃない?
便利な魔法の力で聞きたくない言葉を聞き流し、自分の好きなことだけを推し進める暴君っていうか……。
あれ、多少の自覚はあるつもりではいたけど、改めて考えると……おぉおお? これ美少女じゃなかったらお母様に顔面殴られてるレベルじゃね?
「ソーフィーアっ」
「へぐぅ」
そんなことを考えていたら、首を両手で掴まれてガックンガックン揺さぶられた。ちょっ、防御魔法で痛みが無いからってやりたい放題しすぎじゃないかな!? 首がもげるぅ!!
「や、やややや、やぁあぁめぇぇてえぇぇえ」
「王妃様を待たせてるから、遅れれば遅れるほどアイリス様の怒りが増すわよ」
「それを先に言って欲しかったなぁ!!!」
なんだそれ最優先事項じゃん!! ひょっとしてリンゼちゃん、わざと最後に伝えて私が慌てるのを眺めて楽しんでなーい?
そんな疑問が浮上するも、その追及をしている時間的余裕は無さそうだった。
「あっ、リンゼちゃん」
「なに?」
慌ててベッドから飛び降りて身だしなみを整えながら一言。
「さっきの『ソーフィーアっ♪』ってやつ、可愛かったからもっかい言って?」
「………………」
あっ、調子乗ってさーせんっした。反省してるからその視線やめよ? クセになっちゃう。
リンゼちゃんとのスキンシップも済ませたし、さてそろそろお母様の元に――と思考を進めたことで気が付いた。自分が大切な記憶を喪失している可能性に。
「…………あの、リンゼちゃん?」
「今度は何?」
ギギギ、と油の切れた機械のように振り向くのと併行して魔法を展開。眠る前の記憶を引っ張り出し、口の中に残った風味、リンゼちゃんの口元に痕跡が残っていないかを強化した五感で確認した。
――王妃様。食事。王室御用達。甘い香り。黒光りする威容。フォークで崩すと同時に広がった芳香。
そしてなにより、口内で弾けた幸せの味が――
「……今日のデザート、美味しかったね?」
「そうね」
のぉうッ!! やっぱりィィ!! 私食べた瞬間から記憶トんでるぅう!! 味とか全然覚えてないよおぉぉおお!!!
ただひとつだけ確かなことは、数々の美味しいお菓子を食べてきたこの私がたったの一口でノックアウトされるほどの衝撃的美味さをあのお菓子が持っていたということ。それだけに自分の不甲斐なさが許せない。
……これはもう過去に戻る魔法を使うしかないか。
半ば本気で時間遡行魔法を使った場合のリスクと影響の範囲を計算していると、訝しげにしていたリンゼちゃんが「まさか」とその愛らしい唇を開いて言った。
「もしかして、覚えていないの? やたらと聞き分けが良かったのはお菓子を食べて上機嫌だったからではなく、単に意識が無かっただけなの?」
「……そーゆー見方もできますね」
呆れたと言わんばかりの顔をされてしまったが、私こそ自分の愚かさには絶望している。意識を失ってまで菓子を食うとは何事か。せめてそこは取って置けよ過去の私に教育したい。
いや、だって、お菓子……私のめちゃくちゃ美味しいお菓子が、無意識のうちに……?
お腹に穴空けたら取り出せないかなーと一瞬でも考えてしまったことに、我ながらちょっぴり恐怖を覚えた。
私の王室御用達……。ああぁ、マジかぁー…………。
美味し過ぎるお菓子を摂取したソフィアは理性が崩壊するのを防ぐ為に意識が強制的にシャットダウンされます。
無意識下のソフィアは、それはもう幸福そうな表情を浮かべていたみたいですよ。




