喪神病の治療はそれなりに危険
お兄様がみんなにはナイショで喪神病の治療を試してみたんだってさ。
結果は失敗だったけど試したことには意義があったと、相変わらずかっちょえー顔で語っていた。話の内容が内容じゃなかったら私は今頃げへげへ言ってた自信がある。
ていうか危ないことするのやめてよー!! 私のことを想ってしてくれたんだってのは分かるよ!? でも魔力繋げるのってホントに結構危ないんだからね!!?
お兄様ってばなんでそんなに危機意識が薄いのかしらと考えて、私がその一因である可能性に行き着いた。そもそも喪神病治療の危険性については私が意図的に隠していた面も無いとは言えない。
つまり総合的に判断して、私が考え無しだったせいでお兄様が危険な行動を起こしたと言える。
……んー、んーんー。でもなぁ。あの時はそれが最善だと思ったんだよなぁ。
後々の影響にまで想像が及んでいなかったことは確かとはいえ、喪神病の治療に危険が伴うことをあまり強く主張してしまうと、ほら、お母様がね。「そんなに危険なことを、私の知らないところで勝手に行なっていたのですか?」ってほら。怒りのオーラ撒き散らしながら御降臨しちゃいそうじゃん? だから濁す選択肢しかなかったんだよね。
まー、ゆーてお母様相手にそう簡単に隠し事とか出来ないのだけど。この件についてはちょっと事情が複雑だから「そんなに危険はないんですよー(私には)」って言ってりゃそれで話が済んじゃったんだよね。
実際治療をする私側と治療される相手側の危険度を比較すると、一対百だか千だか万だか……。
要は私の方の危険はそんなになくて、でも万が一の最悪の事態が起きた場合のことを考えると、それはまあ普通に精神が死んじゃうのと同等程度の影響は出るだろうねと答える他に無いというか。
んーー、例えるなら洗面器に満たした水で溺れ死ぬ可能性はどれだけあるか、みたいな……?
そりゃ顔面を水に着けてりゃそのうち死ぬけど、その前に顔を上げるなり暴れるなりすれば無事に済むよねって感じ。この例えで言うなら、相手側は水が一定量以下に減ると死んじゃうってとこかな? やろうと思えば簡単に満たせる条件だけど、私が気をつけてる限りは特に問題も起こらないよね。
でもこれはあくまで魔力操作に慣れてる私がやった場合の話で、お兄様が喪神病の治療にあたったのなら……んーーー………………洗面器を支える腕が割り箸になって、洗面器のサイズが浴槽、的な……?
いやそれは明らかに無理がある。第一浴槽はひっくり返らないし。
いやお兄様の魔力量だとどちらにせよ力尽くでひっくり返すのは……って、別にひっくり返せるかどうかはどうでもよくて。
要はお兄様に喪神病の治療は荷が重いんじゃないかって話ね。
そもそも治療の土台に立てるかすら怪しいし、もしも気合いかなんかで相手の魔力に感応出来たところでそこからの精密な操作なんて望むべくもない。弾かれるか、壊してしまうのがオチだろうと思う。
お兄様の言い方からして、今朝治療したという患者さんには恐らく魔力を侵入させることすら出来なかったんじゃないかな? 魔力同士の反発が起こって、それでおしまい。
性質を合わせていない魔力を無理矢理に接触させると寝てる人だって起こせるからね。喪神病に罹って心身を喪失してる人でも何かしらの反応は起きると思う。それこそ痛みに呻くような反応が。
そんな感じでー、えー、私がつらつらと考えを巡らせているのはですね。この後に来るだろうお母様の尋問に対する心構えであります。ソフィアちゃん流の生きる術と言い換えてもいいね。
お兄様の説明にお兄様以上の真剣さで聞き入っているお母様が、いつその矛先を私へと向けるのか。
お兄様の身体に一切の異常が見られないことを確認した私としては、もうそれだけが心配事というかね。あとご飯食べ終わったのになんで今日はデザートが出てこないのかとか気になってはいるんだけども。これってもしかして私が逃げ出す口実を潰してるのかな? どうせ逃げられる気しないんでせめてささやかな幸せが欲しいなー。
もはやお母様の追求がどれほどの激しさになるのか、その心配だけでご飯の味もろくに感じられない状態だったが、食べ終わった今はわりと精神は安定している。弾劾でも叱責でも好きにしてくれって気分。お兄様さえ無事ならなんでもいいや。
そんな風に思っていたんだけど、やっぱりその時が来るとそれなりの緊張はしちゃうもんだね。
「ソフィア」
「はい」
いつもの無表情に戻ったお母様の呼びかけに、私もいつもの調子で返事をした。
さて、続く言葉は何かな? お兄様の話の真偽を問う言葉かな? それともいきなりお説教から始まるのかな?
私の心配は、まあお母様のことだからしてないってことはないだろうけど、この流れでそこに言及することは無いだろうなぁ。お母様って案外恥ずかしがり屋さんだし。王妃様の前で娘を心配する姿は見せそうにないよね。
さてさて、喪神病治療の困難さと危険性を訴えたお兄様の言葉を聞いて、お母様は私に何を言うのかなー? とちょっぴり楽しみに待ってた結果。お母様から出てきた言葉はなんとも予想外の内容だった。
「先程の話は一旦保留にします。喪神病の治療について、私達の方で認識を改める必要があるようです。後で呼びに行くまで部屋で待機していなさい」
「えっ!」
待って待って! 気遣いは嬉しいけど、まだ私デザート食べてないんですけど!?
メイドさぁん! デザート出すの忘れてますよ!! と顔を向けると、配膳担当のメイドさんは困った顔して王妃様の方へと視線を向けた。気付いた王妃様が意味深長な笑顔を浮かべる。
……えっ。この流れってまさか……。
え? デザートって王妃様の御提供? この人どこまで私の弱点押さえてるの!!?
ロランドが真面目な顔して話し出した途端、身を乗り出さんばかりに聞き入る体勢を取った大人たち。
ソフィアが話してる時との差がひでぇや。




