今、何でもするって言ったよね
まあ、聖女の噂は今は置いておこう。王妃様と王子が知ってる時点で手遅れだし。
「お母様。喪神病というのは?」
それよりも聞き慣れない病気が気になる。
文脈からなんとなく想像つくけど、アレ病気だったんだね。病的とは思ってたけどガチ病気だったとは。てっきり王子様ファンクラブ流の威嚇行為だと思ってたよ。
「名前の通り、心神喪失状態になる病です。感情が急激に高まると起こりやすいと言われています」
感情が高まって心神喪失。
真っ先に思い浮かんだのがお年寄りが激昂してそのままパタリって絵面なんだけど今回のとは違う気がする。異世界特有の病なのかな。
「意識がなくなる以外の症状はありませんが……喪神病の人に見つめられた人は、精神が不安定になるそうです」
うん、なるね。なるなる。頭おかしくなりそうだった。
「アイリス様の仰られる通りです。喪神病は気をつけていれば防げるものですし、その特性から集団発生など起こしてはならないもの。過去には対策を持たない一般人が複数の喪神病の方の視線に晒され続けて心を壊し、二度と人前に出られなくなったという例もあります」
心を壊しってなにがどうなったの、気になるけど聞きたくない。
そもそも昨日の、複数どころか二十人近くいたんですけど私が無事だった理由は如何に。
実は気づいてないだけで私の心は既に壊れているのか? 正常だと胸を張っては言えないけど、みんなそんなもんだよね?
「ですから、本日はアイリス様に謝罪と、王家の威信にかけて聖女ちゃんの治療をと思っていたのですが……」
王妃様がそこまで言ったところで、私に視線が集中する。
これってあれだよね、「なんで平気なの?」ってことだよね? 私に聞かれましても。
「まあソフィアですからね」
「ははは……」
お母様もお兄様も、笑うなんてひどい。
でもそんな、何もなくてよかった、って顔されたら怒れなくなるじゃないですか。
自分でも思うけど。むしろよく平気だったなって。
「私は聖女らしいですからね」
とりあえず開き直ってみた。
ぶっちゃけ原因究明とかそういうのはお母様の分野だし、なんならあの行動が女の子たちの意思によるものじゃないと知ったことで心労も大分軽減された。私的には万々歳だ。
「恩をあだで返すことにならなくて本当に良かった。何度でも謝らせて頂くけれど、今回はヒースのせいで本当にごめんなさいね」
「重ね重ね、申し訳ない。俺に出来ることなら何でもしよう」
ん? 今、なんでもするって言った? 言ったよね?
どうしよう、学院に通ってるあいだ私に関わらないでくださいって言っても平気かな? さすがに失礼すぎる? というか言葉通り受け取っちゃダメなやつかなこれ。ただの社交辞令的な。
チラリとお母様を窺うと首を横に振られた。まだ何も言ってないのに。
そのまま私の代わりに返答してた。
これはもう黙ってろってことですよね。了解でーす。
「その件についてはこちらにも非があった可能性があります」
やっぱり素直にお詫びを受け取ったらいけなかったみたいだ。
裏ワザ使って一足飛びに解決、といかないのは残念だけど、自分の学院生活くらい自力で整えることにしよう。
お母様の返事も社交辞令だと思い込んでいた私は、続きを促す王妃様にお母様が続けた言葉を聞いて、一瞬思考が停止した。
「ヒースクリフ王子は、ソフィアの魔法の影響で魔力酔いになっていた可能性があります」
魔力酔い。
それは真面目なヘレナさんを素直にしたり、堅物なお母様を子供のようにしてしまう、強力な魔法の余波で起こる精神異常。
つまり、あれですか。
昨日の一件はすべて私の自業自得であると。
王族に謝らせていた立場が、一転して王族に謝らねばならない立場に変じた。
……王子様に生意気言わなくてよかった。
問題を起こすなと送り出した数時間後に王子相手の大問題を起こして帰ってきた娘。しかも本人に加害者意識ゼロで叱れる精神状態でもない。
母親って大変ですよね(棒