私なりの解決策
何故か王妃様がこちら側――私が喪神病の治療をする機会を極力減らしたいグループ――に当たり前の顔して属していることについては置いといて。
要は私がこのまま逃げ続けているとお兄様が大変なことになりそうだってことらしい。というか、現在進行形で大変っぽい。
お兄様にはこれまで幾度となく助けられてきた。なら今度は私がお兄様を助ける番だ。
私にしか解決できないって言うなら……私がやるしかないよね。
「とりあえず、私はしばらく外には出ずに家の中に引き篭ることにします。私のせいでお兄様に迷惑を掛けたという心労がたたって倒れたことにしてください。喪神病の治療についても『お兄様が元の生活を送れるようになるまでは考えることも出来ない』と言っていたとの噂を流して――」
「待ちなさい。まさかとは思いますが、ロランドを口実にして休みを得たいだけではないでしょうね?」
「聖女ちゃんって結構打算的なところがあるわよね〜」
性悪大人コンビから茶々が入ったが、私はいたって真面目である。他人に迷惑をかけてまで己の利を優先する奴らの為にどうして私が苦労をしてやらなければならないのか。
相手だって必死なのは分かる。昨日治した人達の反応を見れば想像もつく。もしかしたら喪神病に掛かった人の家族たちは、皆あれだけ必死になって救いを求めているのかもしれない。それこそ、他人の迷惑に構ってなどいられない程に。
精神的な余裕は既に削られ切っている可能性だってあるだろう。理解はするし同情だってするけど、でもそれとこれとは別問題というかね。
依頼してくる人にとって治療を望む患者さんがどれだけ大事な人かは知らないけど、私だってお兄様がこの世の誰より大事だからね。そんなお兄様に迷惑をかけるような〇〇は馬の〇〇に〇〇して〇〇〇〇〇〇して来い、二度とその面見せんなって思っちゃうのも仕方のないことだと思うんだよね。たとえ美人さん相手だってお断りだわ。
どうしようもない危難に見舞われた時に「救われたい」「誰でもいいから助けて欲しい」と願ってしまうのはわりと自然な事とはいえ、相手に迷惑を掛けてまでそれを叶えようとする人って私は無理。少なくとも「可哀想だから救ってあげよう」などとは思えない。そーゆー人って自分が救われるのを当たり前に思ってそうという偏見もある。
その点王妃様は大分私のことを理解してるよね。我ながら、こんな面倒な性格の私にあんな面倒臭い仕事をさせた手腕は見事と言う他ないと思っている。私にとってのお兄様の重要性を理解しているというか……まあ、それでも今の私の発言は予想外だったみたいだけど。
「口実というか、無駄な心労を掛けられていることは事実ですけど……。あ、なんならお兄様もこれを機に休みを貰うのはどうですか? そうですね、『お兄様に迷惑を掛けてしまうくらいなら、もう喪神病の治療は致しません』と正式に声明を出すのはどうでしょう? 仮にも私、聖女ですから。それなりの効果は見込めるんじゃないでしょうか?」
お兄様とのおやすみわっほーい♪ とウキウキ気分で提案すると、お母様は重い溜め息と共にこれみよがしに頭を抱えた。王妃様の笑顔もどことなく空虚になったように思える。他の面々は我関せずって感じ。
……今更だけど、お父様って私がここに来てからまだ一言も発してないよね? 家長としてそれってどうなの? と思いはしたものの、よくよく見れば時折王妃様の方を伺っているような様子が見られた。なんだ一応気にするつもりはあるのか――と思えば、お母様を遥かに凌駕するその豊かな膨らみの動きに目を奪われているだけの可能性に気付いて一気に冷めた。もう一生黙っていればいいと思うよ。
お父様が立場も弁えない変態だという事実はともかく、私としてはそこまで呆れられることを言ったつもりは毛頭ない。ないが、どれだけ性悪に見えても基本的には善人であるお母様達にとって私の意見は些か過激なのかも知れないという可能性には行き着いた。なのでちょぴっとフォローしといた。
「もちろん今後絶対に治療しないというわけではないですよ? ただ私のせいでお兄様に迷惑がかかるのは違うかなーって。現状で私にしか治療出来ないというのは理解してますけど、ならもう少しこちらの事情にも配慮して欲しいと言いますか……迷惑を掛けてきた相手にまで優しくする必要はないと思いませんか?」
だって迷惑掛けられたらムカつくでしょ? そんな相手に「助けてくれ!」って言われたって……ねぇ? ふざけんなってはっ倒したくなるでしょ普通。ね? ね??
可愛い顔を作って同意を求めると、お母様からじろりと睨まれた。怖い顔しちゃいやん、とか思っていたら「ならソフィアに多大な迷惑を掛けられている私は、今後一切ソフィアに優しくする必要は無いということですね」とか言い出してきた。それはちょっと話が違うと思う。
「い、言うほどお母様は優しくないじゃないですか。それに、それとこれとは話が違う――」
「ああ、なるほど。やはり甘やかし過ぎていたようですね」
待って、嘘ですごめんなさい。まずは落ち着いて話をしよ? ソフィア、優しいお母様が大好きだなぁ!!
背筋に感じた悪寒の命じるまま、私は全力でお母様に媚びを売ることを即断した。なんだ今の声……まるで地獄から響いたかと思ったぞ?
これならお父様みたく王妃様見てた方が万倍マシだね。お願い閻魔様、私の方を見ないでくださいー!
ソフィアは「それやっといてねよろしくー!」みたいなことを言ってくる人が超キライです。相手の事情を一切考慮しない頼み逃げは「絶対やらねぇ」と断固決意するほど嫌悪してます。
さて、母アイリスはこの強固な意志を捩じ伏せることができるのでしょうか?




