「まだ不貞寝が足りないのかもしれない」
――王妃様が帰った。アーサーくんももちろん帰った。
気力を使い果たした私は癒される為にお母様の執務室へと戻ったが、妖精達のお茶会は既に解散していたので部屋に戻ってふて寝した。
夢を見ることも無くすやすやと眠っていた私は、この日最も心安らぐ時間を過ごしていたのだが――。
ゆらーん、ゆらーんと身体が揺れる。
ああ、この揺れ方がまた気持ちいいんだよね〜と微睡みの中で考えていると、「はあ……まったくもう」と愛らしい声が耳元で聞こえた。次いで揺れ方に変化が生じる。あぁん、ちょっと……激しいのはいやぁ〜……。
「ソフィア、ほら、早く起きなさいってば。こんな時間に寝ているのがバレたらまたアイリス様に叱られるわよ?」
「んー……、なぁにリンゼちゃん。寂しいのー……?」
私を揺らしていた犯人はリンゼちゃんでした。そんな悪い子はお布団の中に連れ込んじゃおうね〜……。
一緒に至福の時間を過ごすべく手を伸ばすも、目的を達する前に軽く叩き落とされてしまった。常時発動している《防御魔法》のお陰で痛みはなかったが、お返しとばかり更に激しさを増した揺さぶりのせいで頭がぐらんぐらんと揺れ動いた拍子に枕さんとは強制的に離れ離れに。戻ろうとする動きもゆっさゆっさと邪魔をされて……。
あー、ああー、もう……なんでこんな酷いことするのー?
はいはい、分かったよ。分かりましたよー。起きればいいんでしょ起きれば。分かってるからもうちょっと待って…………ぐう。
一度は開いた瞼が再び落ちそうになった瞬間、すかさず揺さぶりが再開された。あー、はいはい、寝てませんよー。
「起きた?」
「おきましたよー……」
未だに重たく付きまとう眠気を引きずりながら「くあぁぁ……」と大きく欠伸をした。今のは我ながらおっきな口を開いてたねぇ……お母様に見られてたらそれこそ叱られそうな……ふあーあぁあ……。
にゃむにゃむと目を擦りながら、私は違和感を覚えていた。
……いくらなんでもこれ眠すぎじゃね? もしかして今頃昨日の疲れが出たとかかな。いくら王妃様の対応が苦手とはいえこんなに体力消耗するはずはないと思うんだけどー……。
んーっ! と伸びをしていつも通り眠気を追い払おうとしても、頭の奥にはまだ眠気の塊みたいなのが居座ってる感じがする。あー、もしかしてこれってあれかな。魔力関係の気怠さなのかな? 普段の眠気とはなーんか違うよーな気がするなー?
私がいつまでもむにゃむにゃ言ってることにリンゼちゃんも違和感を覚えたのか、どことなく心配そうな顔で見ている……と嬉しかったのだけど、これは違うね。これは「どれだけだらしないの……」と心底呆れている表情だったりするんじゃないかな?
違うよ、今日のはいつものとは違うの。ただ単にだらしないのとは違うんだよ。
でも普段からだらしない姿を見せまくっていることは事実なので、私は弁解する選択肢を即座に投げ捨てて身体の気怠さに任せるまま、だらしない姿を惜しげも無く披露しながら今一番の関心事を問い掛けることにした。眠過ぎて考えるのが面倒だっただけとも言う。
「んんん…………お兄様って帰ってるー……?」
「今日はまだ帰ってなかったはずよ」
「ならいいか……」
「何も良くないから起きなさいってば」
いそいそと枕の配置を調節してたら、ゆさゆさゆさゆさっ!! と今日一番の振動に襲われた。うあーん、やめてぇー。ゆらさないでぇー。首の骨がぐにゃぐにゃになるようー。
起きるのやぁだぁ……。現実は辛いの……。お兄様に甘えられるまでふて寝するぅ……。
反射的にそんな思考が過ぎるも、そもそも私はなぜふて寝などしているのだったかと疑問が湧いた。あー……確かアーサーくんの可愛さを見せつけられた上で寸止め食らって萎えてたんだっけ……?
あー、そうそう。段々記憶が戻ってきたわ。
そうだったそうだった、王妃様に散々休日を潰された挙句にリンゼちゃん達とのお茶会も不完全燃焼のまま終わって萎え落ちしたんだ。それで今はー……えーっと…………ああ、もうすぐ夕食の時間なのかな? それでリンゼちゃんが呼びに来たのか、もう完全に理解したわー。
お兄様のいない食堂とか正直行く価値を見い出せないけど、生きていればお腹はすく。寝ている間は空腹など感じなくとも、起きた後に空腹であれば……あー、空腹であれば、それはお腹がすいてるってことだ。だってご飯を食べてないんだからね。
……ダメだ。なんかもう思考力まで下がってる気がする。
念の為に体内の魔力を確かめてみたが、特に異常は見つからない。至って平常通りだった。
…………じゃあなんでこんなに眠いんだろ?? 謎だねー。
「リンゼちゃん。私調子悪いみたいだから今日のご飯は部屋で食べたいな」
「馬鹿なこと言ってないで早くベッドから出なさい。ほら、時間ないわよ。早くして」
……え? あの、本当に私……ええー? り、リンゼちゃあん?
何度か異様に眠いことを伝えてはみたものの、結局まともには取り合って貰えず。半ば押し出されるようにして食堂へと連れ出されてしまった。
普段の行いって大切なんだなぁと、私はちょぴっとだけ反省をしたのだった。……ぐう。
ソフィアは普段から専属メイドである彼女に迷惑を掛けて楽しんでいる節がある為、今回もその延長だと思われているご様子。
ソフィアはもっと反省して。年上としての威厳を取り戻して。




