おやつタイム強制終了
時折唯ちゃんに救いの手を差し伸べながら、お母様が神様幼女コンビに媚びを売る様子をそれなりに楽しく眺めていた私です。当初はお母様の真横に座らされ緊張もしていましたが、今ではお菓子を美味しく感じられる程に精神状態も回復しました。
やっぱりね、一瞬でも蚊帳の外にいられると心の余裕が取り戻せてとても助かるよね。
ついでにお母様の逆効果極まるもてなしのお陰で唯ちゃんから私への好感度がぐんぐーんと高まっているのを感じる。いいぞお母様、もっとやれやれー! 唯ちゃんがもっと私に助けを求めるように誘導するんだー!
あ、ちなみに唯ちゃんの初めてのクッキーはもちろん保存用と観賞用と自慢用の三種類をアイテムボックスの中に確保済みであります。唯ちゃんの姉として、これは私が成すべき当然の行いであると自信を持って断言できるよ。びば、唯ちゃんのクッキー! 初めて作ったクッキーの希少価値よ!!
唯ちゃんが「初めてじゃないけど……」的なことを呟いてたのが聞こえた気もするけど、私が「唯ちゃんの初めて作ったクッキー」と認識しているだけでもそれ相応の価値がある。
それは唯ちゃんが私の為に、確かに心を込めてお菓子を作ってくれたという物証になるのだ。
遠い将来、もしも唯ちゃんと姉妹喧嘩をして「お姉ちゃんなんか大嫌い!!」とか言われた時にはこれを出してやるのだ。そしてすかさず「唯も昔はこういうプレゼントをしてくれるくらいお姉ちゃんのことが大好きだったのにね。お姉ちゃん、あの頃の素直な唯にまた会いたいなぁ」と追撃をして恥ずかしがる唯ちゃんを堪能するのだ。
美人さんに成長した唯ちゃんはきっとさぞかし良い表情をしてくれるに違いあるまい。その時の顔を想像するだけで、私はとても心が満たされた気分になれるんダヨー。うふふのふ。
ただ反抗期の子にこれをやると反発が大きくなりそうなことだけがちょっぴり懸念点ではあるのだけども、そもそも良い子な唯ちゃんには反抗期など来ないかもしれない。無用な心配……いや、期待か?
どちらにせよ、実際にこのクッキーが必要になるかどうかは神のみぞ知るところである。私はただ、今出来る最善を尽くすことしか出来ないのだから。
……未来の唯ちゃん次第の事象を「神のみぞ知る」って表現するの、我ながら良くない? 洒落た言い回しだと自画自賛ながら感心をしてしまった。
まー唯ちゃんは多分、そんな未来のことは想像もしてないだろうけどね。
そもそも唯ちゃんは近い将来でさえ不明瞭な立場にある。
一年後どころか一月後に何処で暮らしてるかさえも分からない。追い出す気はさらさらないけど、本人は元の世界に戻りたがってるし、私とは別の生活を送るようになるかもしれない。
どんな形になるかはまだ分からないけど、早く心から安心できる居場所を用意してあげなくっちゃと思ってはいるんだよね……。
――なんて真面目な事もね。私なりに考えてはいたんですよ。
普段どれだけ誘っても一緒にお菓子なんて食べてくれないリンゼちゃんに加えて、唯ちゃんまでも同席してのおやつタイム。ついでにお母様がぺこぺこしてる面白い姿が見られるという余興付きだよ? これを楽しまなきゃ嘘ってもんでしょ、とこの貴重な機会を全力で楽しみつつも、色々と考えを巡らせたり巡らせなかったりとかしてたんですよ、これでもね。
しかし幸福な時間とは往々にして唐突に終わりを告げるものらしい。部屋に響く不穏なノックが私にそれを教えてくれた。
用件を聞きに出たお母様が超真面目な顔をして戻ってくるのを見た時、私は思ったね。この幸福な時間は、きっと今からお母様が告げる不幸が訪れるまでの猶予期間でしか無かったんだって。
そして私は、自身の予測が間違ってなかったことを知るのだった。
「ソフィアに客人が来ているようです。お誘いした立場でありながら申し訳のしようも御座いませんが、出迎えには私とソフィアで対応致しますので、どうか御二方は気の済むまでこちらでそのままお寛ぎ下さい。……ソフィアはいつまで座っているつもりですか? 早く準備をなさい、すぐに向かいますよ」
えええ、そんな理不尽な〜。話してる途中で席を立ったら「落ち着いて話を聞きなさい」くらい言うくせに、どこまで都合の良い娘を求めているのか。
そもそも普通の来客程度では神様至上主義のお母様がリンゼちゃんたちを後回しにするとは考えづらい。
それはつまり、私に来た客というのが普通の客ではなかったということ。この時点でもう面倒事の予感がプンプンですよね。
「お母様がそんなに慌てるなんて、一体誰が来たんですか?」
「行けば分かります」
ほらみろ。それってつまりは今この場で言ったら私が渋るような相手ってことですよね?
そんなの女神か神の神様関係か、あとは王室関連の来客くらいしか思いつかない。タイミングを考えれば王妃様の可能性が一番高そうではあるけど、あの人は行動が読めないからなぁ。下手に予測とかしちゃうと裏をかかれそうで怖いんだよね。
とにかく私に選択権など無い現状では、どれだけ嫌でもお母様の指示に従う他ない。
心の中で涙を流し、せめて唯ちゃんには私の分までおやつタイムを堪能して欲しいと淡い願いを託すのだった。
嗚呼――さらばだ、私の尊いおやつタイム……ッ!
不幸のどん底に叩き落とされたみたいな事言ってますがこの娘、誰よりもこの休憩時間を全力で満喫してましたよ。どう考えても十分な休息は出来ているはずです。がんばれ。
 




